Carlos López Buchardoについて

 Carlos Félix López Buchardo(カルロス・フェリックス・ロペス・ブチャルド)は1881年10月12日、ブエノスアイレスで生まれた。ロペス・ブチャルドの母親はピアノが弾け、母からピアノを習い始めたとのこと。ピアノに加えヴィオラもや作曲も習った。1904年には初めてヨーロッパを訪問。更に1909年から1913年まではパリに留学してスコラ・カントルムに入学し、ヴァンサン・ダンディやアルベール・ルーセルに師事した。

 アルゼンチンに戻ってからのロペス・ブチャルドは作曲家として活躍。彼の作った3幕からなるオペラ《Il Sogno di Alma》は1914年にブエノスアイレスのコロン劇場で初演された。

 1916年にはブエノスアイレス・ワーグナー協会会長に就任し、亡くなるまでその職にいた。1920年にはソプラノ歌手のBrígida Fríasと結婚。Brígidaの歌、ロペス・ブチャルドのピアノ伴奏のコンビによる演奏会は長年に亘って続いたとのこと。1923年にはラプラタ国立大学芸術学部部長に就任し、和声学の教授として教壇にたった。1924年についに国立音楽院を創立し、生涯院長を務めた。(彼の死後、彼の名を冠してConservatorio Nacional de Música "Carlos López Buchardo" と呼ばれた。)1934年には国立音楽協会(現在のアルゼンチン作曲家協会)会長に就任。1936年には国立芸術アカデミー会員に選ばれた。

(←Carlos López Buchardo国立音楽院の校旗 )

 彼の代表作、交響詩《アルゼンチンの情景 Escenas Argentinas》は1922年、ウィーンフィルのブエノスアイレス公演において初演されている。

 1948年4月21日、ブエノスアイレスで死去。66歳であった。

 ロペス・ブチャルドの作品数はそれほど多くなく、オペラ《Il Sogno di Alma》の他には、劇音楽では《Madama Lynch》(1932)、《La Perichona》(1933)、《Romeo y Julieta》(1934)、《Amalia》(1935) がある。管弦楽曲では交響詩《アルゼンチンの情景》(1920, Día de fiesta、El arroyo、La camperaの3曲から成る)、交響詩《Gauchos》がある。彼は歌曲の分野で有名で、《民謡のスタイルによる6つのアルゼンチンの歌 Seis canciones argentinas al estilo popular》(1924, Vidalita、Los Puñalitos、Desdichas de mi pasión、Vidala、Canción del carretero、Jujeña)の第1曲や第5曲はアルゼンチンでは親しまれている。
 わずかに我々がロペス・ブチャルドの曲を聴くことができるのがピアノ曲で、数こそ少ないが、それらの曲を通してアルゼンチンの田舎の素朴な風景を美しく描いた彼の作品を味わうことができる。

 

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