Alberto Ginasteraのピアノ曲リスト
1932
- Suite 組曲
1934
- La cenicienta (para dos pianos) シンデレラ(2台ピアノのための)
- Piezas infantiles 子どもの小品集
- Preludio 前奏曲
- Osito bailando 踊る小熊
- Arrullo 子守歌
- Soldaditos おもちゃの兵隊
- Antón Pirulero アントン・ピルレロ
- Arroró 子守歌
- Chacarerita チャカレリータ
- Arroz con leche アロス・コン・レチェ
1937
- Danzas argentinas, Op. 2 アルゼンチン舞曲集、作品2
- Danza del viejo boyero 年老いた牛飼いの踊り
- Danza de la moza donosa 優雅な娘の踊り
- Danza del gaucho matrero さすらうガウチョの踊り
1938
1937-1940
- Tres piezas, Op. 6 3つの小品集、作品6
- Cuyana クジャーナ
- Norteña ノルテーニャ
- Criolla クリオージャ
1940
1944
- Doce preludios americanos, Op. 12 12のアメリカ大陸風前奏曲集、作品12
- Para los acentos アクセントのために
- Triste 悲歌
- Danza criolla クリオージョの踊り
- Vidala ビダーラ
- En el primer modo pentáfono menor 第一種五音音階短調による
- Homenaje a Roberto García Morillo ロベルト・ガルシア・モリージョを讃えて
- Para las octavas オクターヴのために
- Homenaje a Juan José Castro フアン・ホセ・カストロを讃えて
- Homenaje a Aaron Copland アーロン・コープランドを讃えて
- Pastoral 牧歌
- Homenaje a Heitor Villa-Lobos エイトール・ヴィラ=ロボスを讃えて
- En el primer modo pentáfono major 第一種五音音階長調による
1946
- Suite de danzas criollas, Op. 15 クリオージョの舞曲の組曲、作品15
- Adagietto pianissimo
- Allegro rustico
- Allegretto cantabile
- Calmo e poetico
- Scherzando - Coda: presto ed energico
1947
1952
- Sonata No. 1, Op. 22 ソナタ第1番、作品22
- Allegro marcato
- Presto misterioso
- Adagio molto appassionato
- Ruvido ed ostinato(粗野に、また執拗に)
1970
1981
- Sonata No. 2, Op. 53 ソナタ第2番、作品53
- Allegramente
- Adagio sereno - Scorrevole - Ripresa dell'Adagio
- Ostinato aymará
1982
作曲年代不明
- Danzas argentinas para los niños 子どものためのアルゼンチン舞曲集
- Moderato: Para Alex モデラート、アレクスのために
- Paisaje: Para Georgina 風景、ヘオルヒーナのために
- Nocturno 夜想曲
Alberto Ginasteraのピアノ曲の解説
1934
- Piezas infantiles 子どもの小品集
ヒナステラ十代の頃の作品。後の彼の作品で見られるような厳つい不協和音はまだほとんど無く、子どもの世界を愛嬌たっぷり描写した曲集である。とは言え、洗練された不協和音や多調を多用した作曲技法は見事で、古今東西の「子ども」を題材にしたピアノ曲の中でも一級品に思えます。ヒナステラは自己に厳しかったためか、後に自作の作品リストからこの曲集を削除してしまっており、全8曲中3曲しか出版されなかったのが(しかも絶版)何とも勿体ないです。
- Preludio 前奏曲
ヘ長調。小川の流れを思わせるような右手の繊細な伴奏の下で、穏やかな旋律が奏される。- Osito bailando 踊る小熊
シラシレーシラーシレーミという旋律の下で、ラ#とド#の伴奏という多調の響きが何とも愛嬌たっぷり。最後はグリッサンドで消えるように終わるのもお洒落。- Arrullo 子守歌
ト長調。抒情的で穏やかな旋律が流れる曲。- Soldaditos おもちゃの兵隊
旋律は勇ましいハ長調だが、和音は短二度の隣接音の不協和音が面白い。中間部は嬰ヘ長調やヘ長調になる。
- Antón Pirulero アントン・ピルレロ
「アントン・ピルレロ」は、元はスペインの子どもの遊び歌で、アルゼンチンやウルグアイでも歌われている。ハ長調。子どもが遊ぶ様子を短二度や短九度混じりの不協和音でお茶目に表し、「アントン・ピルレロ」の旋律が挟まれる。- Arroró 子守歌
ハ短調の静かな旋律が奏されるが、左手の伴奏和音が神秘的。夢見るような中間部の後には、冒頭の旋律がハ長調で再現される。- Chacarerita チャカレリータ
チャカレリータとは、アルゼンチンの民族舞踊チャカレーラ (Chacarera) の示小辞。軽快なハ長調の旋律の下ではファ#-ソ#-ラ#の和音や、ミ♭-ラ♭-レ♭-ソ♭のアルペジオが鳴って多調の響きである。後半では右手旋律に平行和音が付き、左手でアルペジオが上へ下へと舞うように動く作風は、後の代表作 "Danzas argentinas, Op. 2" の第3曲の前駆けのよう。- Arroz con leche アロス・コン・レチェ
「アロス・コン・レチェ」は、スペイン語圏では有名な童歌。題名の意味は「牛乳入りのお米」で、スペインが起源だが、現在では中南米で広く食べられているライスプリンのようなデザートのこと。アルゼンチンの作曲家フアン・ホセ・カストロはヒナステラに先んじること1928年にピアノ曲《子どもの組曲 Suite infantil》の第4曲でこの童謡を用いている。右手で奏される「アロス・コン・レチェ」の旋律がハ長調だが、左手の重音トリルはファ#やソ#音などで多調の響き。この左手音型はストラヴィンスキーのピアノ曲「ペトルーシュカからの3楽章」の第3楽章の影響を感じます。1937
- Danzas argentinas, Op. 2 アルゼンチン舞曲集、作品2
アルゼンチンの広大な草原(パンパ)の光景と、そこに暮らす牧童(ガウチョ)の生活や彼等の気性が浮かんでくるような作品(月並みな説明ですが)で、この後のピアノ曲に比べると不協和音も耳に心地良い程度であり、ヒナステラのピアノ曲の中でも最も人気のある曲。ヒナステラはこの作品以降いくつものピアノ曲を下述の通り作曲したが、まだ国立音楽院の学生であった21歳にして書いたこの "Danzas argentinas" が結局、彼のピアノ曲の代表作となった。
- Danza del viejo boyero 年老いた牛飼いの踊り
強いて言えばA-A'-A"形式。マランボのリズムの曲。牛飼いは年老いていて踊りは地味だが、それでも踊りの中に、かつて若い頃は草原を縦横無尽に走り回った昔の面影をちょっと彷彿させるーといった感じの曲。楽譜のヘ音記号(左手)にはレ・ミ・ソ・ラ・シ音に♭が付き、この五音(黒鍵のみ)を用いたペンタトニックな旋律が奏され、一方ト音記号(右手)は変化記号無しで、白鍵のみで鋭い和音が合の手のように入る。何調とも言えないがともかく多調で、所謂ペトルーシュカ和音を発展させた感じの面白い響きである。Aで一回ffまでヒートアップし、A'はppで高音部まで上り詰め、最後のA"は牛飼いが遠くに消えて行くように奏され、最後にギターの開放弦ミ-ラ-レ-ソ-シ-ミ音がアルペジオで奏されて終わる。- Danza de la moza donosa 優雅な娘の踊り
イ短調、A-B-A'形式。静かな曲で、ギターを思わせる左手伴奏はサンバのリズムであろう(サンバ zamba はアルゼンチンの民族舞曲の一つで6/8拍子、ブラジルのサンバ samba とは全く異なります)。この伴奏にのって、右手に哀愁たっぷりの旋律が奏される。中間部Bは新たな悩ましい旋律が現れ、ハ長調〜ト長調〜ニ長調〜ハ長調〜イ長調〜ハ長調〜イ短調と目まぐるしく転調しながらffまで盛り上がるのが、何とも色彩的でドラマチックである。A'は冒頭の旋律が三度重音で回想される。最後にppで鳴る高音部ファ-ファ#-ド#-ファ#の不協和音も粋だ。- Danza del gaucho matrero さすらうガウチョの踊り
強いて言えばハ長調、A-A'-B-C-A'-B'-C'形式。この曲もマランボだが、テンポはより速く奏され、激しい踊りを思わせる派手々々な曲。冒頭は、両手合わせ鏡のような音型が8分音符で無窮動に続き、イライラするような両手短二度の連打音が続く。Bは勇ましい旋律が長三和音ffの連続で奏され、左手アルペジオは上へ下へと舞うように奏されて華やか。Cは同じ音型が執拗に繰り返しつつ盛り上がるのが(途中変イ長調になる)野性的だ。後半のB'は旋律が更に高音のオクターブとなり派手で、最後のC'はsempre fffで奏され、4オクターブのグリッサンド上行下行で終わる。1938
- Milonga (arreglo de la Dos canciones, Op. 3, No. 1, "Canción al árbol del olvido") ミロンガ(「2つの歌曲、作品3」より第1番「物忘れの木の歌」からの編曲)
ヒナステラ作曲の歌曲集 "Dos canciones, Op. 3" の第1曲 "Canción al árbol del olvido" (歌詞はウルグアイの詩人をFernán Silva Valdésによる)を、作曲者自身がピアノ用に編曲したもの。ヘ短調、A-B-A'-B'-A"形式。A、B共に、ミロンガのリズムがゆったりと左手伴奏に奏され、それにのって哀愁漂う旋律が右手に歌われる。B'とA"はそれぞれ、BとAに似た旋律がヘ長調に変奏されるのがミロンガらしいいい感じ。1937-1940
- Tres piezas, Op. 6 3つの小品集、作品6
華やかな響きの作品が多いヒナステラのピアノ曲の中では比較的地味な作品であるが、アルゼンチン各地の土の匂いが漂うような味わい深い組曲である。
- Cuyana クジャーナ
アルゼンチン中西部のアンデス山脈沿いはクージョ地方と呼ばれており、Cuyanaとは「クージョ風」または「クージョの女」という意味である。強いて言えばイ短調、A-B-A'-B'形式。流れるような左手アルペジオの伴奏と息の長い右手高音の旋律は、アンデス高地の真青な空と、笛の音を思わせるかな?。Bで時折現れる16分音符連打はクエッカのリズム(またはガトのリズム)であろう。- Norteña ノルテーニャ
Norteñaとは「北部地方風」とか「北部の女」という意味。ボリビアに接したアルゼンチン北部は先住民が多く住む地域である。A-B-A'形式。太鼓の響きを思わせる重々しい付点の左手伴奏にのって、呟くような陰うつな旋律が右手に三度重音で奏される(この三度重音はラのフリギア旋法で独特の響きだ)。中間部はビダーラのリズムのモチーフが繰り返されつつ、ffまで盛り上がり、また静かになって、最後は冒頭の旋律が単音で途切れ途切れ奏されて終わる。- Criolla クリオージャ
後にヒナステラと結婚することになるMercedes de Toroに献呈。イ長調、A-B-A'形式。ギターのストロークを思わせる6/8拍子の力強いマランボのリズムに引き続き、高音部に自由に舞うような旋律が速いテンポで奏される。Bは2/4拍子、Muy Lentoとなり、歌うような旋律が現れる。楽譜の端には「雨が降り始めると川の水かさが増していくように、貴方に会えないと私の愛は増していく Dicen que los ríos crecen cuando acaba de llover; así crecen mis amores cuando no te puedo ver」と詩の一節が記されている。この詩はアルゼンチン民謡〈私が死んでしまったら Cuando yo me muera〉の歌詞の一節でもあるが、ヒナステラの旋律と民謡の旋律は異なっている。1940
- Malambo, Op. 7 マランボ、作品7
ヒナステラと言えばバレエ音楽「エスタンシア」の終幕の踊り「マランボ」とか、ピアノ曲「アルゼンチン舞曲集」や「ピアノソナタ」でもマランボのリズムは定番で、「マランボといえばヒナステラ」と呼んでも差し支えない位だが、このピアノ曲の曲名もズバリ「マランボ」である。強いて言えばニ長調。ギターの開放弦を鳴らすようなミ-ラ-レ-ソ-シ-ミの前奏に引き続き、6/8拍子のマランボの速いリズムにのった8小節から成るモチーフが何度も変形されていく。左手はほとんど同じ音の繰り返しの一方、右手モチーフは8小節毎に、単音→完全四度上げての長三度重音→更に完全四度上げての長三和音→と音色を変えつつ盛り上げていく所がいいアイデアで、なかなかやるな!と思います。ひとしきり盛り上がると、また冒頭の単音からやり直しが始まるが、モチーフに前打音が加わったり、左手に上行16分音符が地響きのように鳴ったりと、変奏も豊かな響きだ。最後は興奮極まるような、両手8分音符のマランボのオスティナートで終わる。1944
- Doce preludios americanos, Op. 12 12のアメリカ大陸風前奏曲集、作品12
ヒナステラは1945年のアメリカ留学の頃から、自作品の題材をアルゼンチン民族音楽のみならず、アメリカ大陸各地の音楽へ求めた作品を多く作るようになっている。この言わば「汎アメリカ音楽」志向の先駆けとなるのが、このピアノ曲集である。とは言えアルゼンチン以外の国の題材がはっきりと聴き取れるのは、アーロン・コープランドを讃えた第9番と、エイトール・ヴィラ=ロボスを讃えた第11番のみではあるが。
- Para los acentos アクセントのために
8分音符3つ1組の音型が無窮動で続く曲。右手と左手は合わせ鏡のように反行形で、6/8拍子の6拍目で始まり(弱起)、アクセントが3拍目と6拍目にあるという、楽譜上は凝った書法だ。- Triste 悲歌
右手・左手とも単音で弾かれる静かな曲。ミ、ラ、シ音が♭なので一応ハ短調だが、機能和声がほとんど現れない音色は先住民の民謡を思わせるような神秘的な雰囲気。最後にやっとハ短調主和音ド-ミ♭-ソの音が鳴ったと思いきや、ミ♮音を響かせて終わる(ピカルディ終止)のがまた意味深な響き。- Danza criolla クリオージョの踊り
A-B-A'-C-A"形式。野性的なリズムの和音連打が続き、右手・左手は多調(1〜8小節目は右手ラ-ド-ファ・左手ラ♭-シ♭、9〜16小節目は右手ド-ミ♭-ラ♭・左手ド-ファ-ラ)と、ヒナステラお得意のパターンの曲。- Vidala ビダーラ
ビダーラとは、アルゼンチン北西部の民謡。ト短調。静かに歌われるような旋律は上行時は旋律的短音階、下行時はドリア旋法なのが、素朴ながらもの悲しい雰囲気を醸し出している。- En el primer modo pentáfono menor 第一種五音音階短調による
「第一種五音音階」とは、南米の民族音楽で(もちろん日本などの民族音楽でも)しばしば現れるラ-ド-レ-ミ-ソの五音音階を、アルゼンチンの民族音楽学者カルロス・ベガ (Carlos Vega, 1898-1966) が「第一種」と名付けたもの。民謡のような素朴な旋律が右手単音に現れ、3小節遅れて1オクターブ下で左手同旋律がカノンになり追って行く。- Homenaje a Roberto García Morillo ロベルト・ガルシア・モリージョを讃えて
ロベルト・ガルシア・モリージョ (Roberto García Morillo, 1911-2003) は、アルゼンチンの作曲家。低音で鳴り響く両手交互の16分音符連打音と、高音に向け噴射されるような4オクターブのアルペジオが派手な曲。- Para las octavas オクターヴのために
両手オクターブ8分音符が無窮動に鳴り響く曲。- Homenaje a Juan José Castro フアン・ホセ・カストロを讃えて
フアン・ホセ・カストロ (Juan José Castro, 1895-1968) はアルゼンチンの作曲家で、若きヒナステラのバレエ音楽 "Panambí, Op. 1" の初演の指揮を行うなど、ヒナステラにとって恩人とも言える先輩作曲家である。楽譜には "Tempo di Tango" と記された一応タンゴ風の曲。陰うつな旋律や、半音階で下行する対旋律はフアン・ホセ・カストロのピアノ組曲 "Tangos" の雰囲気を思わせる。- Homenaje a Aaron Copland アーロン・コープランドを讃えて
アーロン・コープランド (Aaron Copland, 1900-1990) は米国の作曲家で、ヒナステラにアメリカ留学を勧めたのはコープランドである。冒頭の前打音混じりのモチーフや、その後のシンコペーションの効いたリズムなど、いかにも米国風の華やかな曲。- Pastoral 牧歌
三部形式。ゆったりとした伴奏にのって、半音階の調性の定まらない旋律が呟くように奏される。- Homenaje a Heitor Villa-Lobos エイトール・ヴィラ=ロボスを讃えて
ヴィラ=ロボスは、言うまでもなくブラジルの作曲家。組曲「ブラジル風バッハ第4番」の第4曲「ダンサ(ミウジーニョ)」の16分音符音型に似たモチーフが両手ユニゾンで、急き立てられるように奏される。- En el primer modo pentáfono major 第一種五音音階長調による
この曲は第一種五音音階「長調」なので、ド-レ-ミ-ソ-ラの音階が用いられている。全音符や二分音符和音がピアノの最低部ド音から最高部ミ音まで、鐘の音のように鳴り響く荘厳な曲。1946
- Suite de danzas criollas, Op. 15 クリオージョの舞曲の組曲、作品15
ヒナステラがアメリカ留学中の作品。クリオージョとはアメリカ大陸生まれの白人を指す言葉である。自分自身クリオージョであるヒナステラが、自分達のアイデンティティとか、クリオージョ気質といったものをこの作品を通じて表現しようとしたのだろう。以前のアルゼンチンの風景や人を描写したような作品とはやや異なり、各曲には題名が無く速度記号の表示のみで、民族的な題材を元にしながらもヒナステラ独自の想像とか霊感を働かせたような、「客観的民族主義」から「主観的民族主義」への移行を感じさせる興味深い作品である。5曲+コーダから成る組曲。緩-急-緩-緩-急という流れや、楽譜にもattaccaと記されている通り組曲全体が有機的に繋がっていて、全曲通して演奏されるべき作品である。
- Adagietto pianissimo
ト長調。冒頭の4小節はゆったりと伴奏和音が流れるのみだが、その和音進行はコードネームで無理矢理書くとG6(9)-C7(9)(11)-E♭7(△7)(9)-G6(9)で何とも幻想的な響きで、個人的にはこの4小節で南米の深〜い世界に引きずり込まれるような気がします。この伴奏にのって5小節目からは、動きの少ない気怠い旋律が奏される。曲の最後の不協和音アルペジオも美しい。- Allegro rustico
ハ長調。第1曲の静かで気怠い雰囲気から一転、右手高音部の旋律はfで1オクターブ内の全白鍵を弾くクラスター(ソだったらソ-ラ-シ-ド-レ-ミ-ファ-ソ音全部)、左手伴奏は躍動的な(多分ガトの)リズムで、ガウチョが激しく踊る様を連想します。途中に現れる中音部の旋律の所は、右手左手が多調である。- Allegretto cantabile
嬰ヘ短調、A-A'-B-A"形式。左手アルペジオにのって、右手に民謡を呟き歌うような旋律が現れる。11/8の変拍子が、風がそよぐ様か、揺りかごが揺れるような雰囲気に思えます。A'では中音部に旋律がカノンとなって重唱される。- Calmo e poetico
静かな旋律が2オクターブ離れたユニゾンで奏されるのが神秘的な響き。時々、ギターの開放弦のミ-ラ-レ-ソ-シ-ミ音が鳴る。- Scherzando - Coda: presto ed energico
一応イ短調。マランボのリズムで、中音部の野性的な旋律で始まり、飛び跳ねるようなモチーフや、太鼓を打つような連打音などが万華鏡のように現れる。上行オクターブを合図にコーダに突入する。コーダは74小節あり、5/8〜6/8〜7/8〜3/8〜5/8拍子と目まぐるしい可変拍子で、トッカータ風の両手オクターブffで奏される旋律が高音部でキンキンと響く。曲はもう制御不能〜といった感じで突っ走り、最後は爆発!といったffffで終わる。1947
- Rondó sobre temas infantiles argentinos, Op. 19 アルゼンチン童歌の主題によるロンド、作品19
ヒナステラには二人の子どもー1942年生まれのAlexanderと1944年生まれのGeorginaーがいて、この二人の子どもに献呈された作品である。3分ほどの小品だが、分かりやすい童歌の旋律に愛嬌たっぷりの編曲を施した楽しい曲である。ト長調、A-B-A'-C-A"形式。Aに現れる右手旋律は童歌「アヴィニョンの橋の上で Sobre el puente de Aviñon」であるーと言っても我々がよく知っている旋律ではなく、アルゼンチンで歌われている別バージョンの旋律である(アルゼンチンの作曲家フアン・ホセ・カストロも、この童歌を1928年作曲の "Suite infantil" の第3曲に用いている)。左手の半音階進行の対旋律や、平行移動する和音など、ヒナステラらしい才気溢れる編曲である。Bはロ長調になり、童歌 "Palomita ingrata" が子守歌のような静かな旋律で流れる。A'は再び「アヴィニョンの橋の上で」だが、子どもが騒々しくはしゃぐような両手三和音や、走り回るような16分音符の変奏が楽しい。Cはニ長調で民謡 "Yo no soy buena moza" の静かな旋律が短く奏され、最後のA"は高音部で再び「アヴィニョンの橋の上で」が騒々しく再現される。1952
- Sonata No. 1, Op. 22 ソナタ第1番、作品22
ヒナステラが、当時のアルゼンチン大統領ペロン政権により国立ラプラタ大学の職を解任された頃の、ヒナステラにとって苦難の時代の作品である。アメリカのカーネギー工科大学とペンシルヴァニア女子大学からこの曲の作曲委嘱を引き受けたのは、職を失ったヒナステラにとって収入を得るためという動機が当初あったと思われるが、そうして書かれたこのピアノソナタ第1番は彼のピアノ曲の傑作となるだけではなく、古今東西の「ピアノソナタ」の中でも屈指の名作として世界中のピアニストに弾かれることになる。ヒナステラ自身は「アルゼンチンのパンパの音楽に印象を受けて作曲した」(パンパとはアルゼンチン中央部の大平原)と記しているが、「主観的民族主義」と呼ばれる時期の代表的な作品であり、アルゼンチン民族音楽を作品の元としつつも、実際“民族音楽そのものでは聴かれることの無いような”ヒナステラの音楽の世界が前面に出た“主観的な”音楽と言えよう。
- Allegro marcato
ソナタ形式。第1主題は両手とも長三度重音がfでトランペットのように鳴り、合の手のような低音部オクターブがティンパニーのように響く。この冒頭で使われる音はラ-ド-ド♯-ミ♭-ミ-ソと、ヒナステラらしい音の世界にいきなり突入といった感じ。第2主題は楽譜に "dolce e pastorale" と記され、ロ短調五音音階の旋律が静かに奏される(ここのモチーフは、第1主題の7〜12小節でも既に現れている)が、ギターの鳴らすような速いアルペジオの前打音がまたヒナステラらしい。展開部は、主に第2主題のモチーフが使われつつも、太鼓を打つような連打音などが現れながら目まぐるしく展開していく。再現部は、第1主題が音量を増しながらもほぼ冒頭の繰り返しで奏され、最後はffのまま第2主題がイ短調で奏され、上行するラ-ド-レ♯-ファ♯-ソ♯両手オクターブで終わる。- Presto misterioso
スケルツォと言える楽章。A-B-A'-C-A"-B'-A"'形式。神秘的な響きと、ギターのような音が幻のようにあちこちに現れるのが何とも個性的な曲。Aでの、3オクターブ離れたユニゾンの速い3連8分音符がで延々と駆けめぐる様は、ショパンのピアノソナタ第2番 変ロ短調の第4楽章の影響といくつかの文献に記されているが、私的にはむしろペルーの作曲家ロベルト・カルピオの組曲「病院 (Suite Hospital)」 のPreludioに似ていると思います。この冒頭は十二音技法で書かれていて、ppで奏されるのも相俟って不気味な雰囲気たっぷりである。Bではレ-ミ-ファ-ソ-ラ-ドから成るヘキサトニックな旋律が現れ、右手旋律は三和音で奏され、左手は上へ下への幅広いアルペジオとヒナステラお得意の書法だ。Cは右手高音部で短二度や長七度を含むアルペジオが神秘的に響き、左手にギターのストロークのような和音が奏される。ギターの開放弦の音も突然現れる。最後のA"'は楽譜に "ppp possibile" と記され、ユニゾンの速い3連8分音符が音を徐々に減らし、ギターの開放弦ミ-ラ-レ-ソ-シ-ミがさり気なく奏されて終わる。- Adagio molto appassionato
緩徐楽章と言える部分。A-B-A'-C-B'-C'-A"形式。Aの冒頭でゆっくりと奏される4分音符上行アルペジオはギターの響きを思わせる。(直前の第2楽章の最後の左手音型を用いることで、楽章間の繋がりを形成している。)Bは2小節のみで気怠いモチーフが奏される。Cは高音部に静かな旋律(もうちょっとで十二音という旋律)が現れ、あっという間の変身のように音量音域を増して盛り上がり、B'ではBのモチーフが変形されて劇的なff連打が鳴らされる。C'で徐々に曲はクールダウンし、冒頭Aの4分音符アルペジオが再現され、最後のアルペジオは十二音技法で終わる。- Ruvido ed ostinato(粗野に、また執拗に)
A-B-C-A'-B'-A"-B"形式。ヒナステラお得意のマランボのリズムの曲で、AやBの主題が繰り返されるたびにパワーアップしていく様は、まるで制御不能のブルドーザーが全てを破壊し尽くしていくような感じの迫力ある曲です。Aは、2拍子と3拍子が毎小節交互に替わるリズムで、低音で野性的な主題が奏される。Bは太鼓のようなラ-レ-ソ重音連打にのって、これまた粗野な主題が奏される。この旋律に時々ミ♭-ラ♭-レ♭とかド♯-ファ♯の音が入るのがまた多調の面白い響き。Cは左手オクターブにまた別の主題がffで奏される。B'ではBの主題が両手ともオクターブでカノンになって奏され、A"ではAの主題が両手交互和音で奏され〜と段々音が分厚くなっていき、最後のB"は左手はラ-シ-レ-ミ-ラ-シ重音連打、右手は高音オクターブで主題が絶叫するごとく奏されて、爆発的に終わる。1970
- Tocata de Domenico Zipoli ドメニコ・ツィポーリのトッカータ
ドメニコ・ツィポーリ (Domenico Zipoli, 1688-1726) はイタリア出身の作曲家・オルガニスト。ツィポーリは1717年頃にイエズス会の宣教師として南米に渡り、アルゼンチンのコルドバに住み、同地で亡くなった。ヒナステラは、アルゼンチンを訪れたヨーロッパの著名な作曲家では初めてとなるツィポーリに敬意を表し、彼の代表作 "Sonate d'Intavolatura per Organo e Cimbalo" の第1曲トッカータをピアノ用に編曲したのがこの曲である。ニ短調。ヒナステラの編曲はツィポーリの原曲と旋律や和音はほぼ同じ(トリル記号の所を32分音符に書き換えた位)で、オルガンがストップで音色を変えている所を、ピアノ用に一部オクターブや倍音を弾くように編曲している。オルガンの荘厳な響きをピアノで表現するために、バス音や旋律がしばしばオクターブになる、重々しくも派手な曲。1981
- Sonata No. 2, Op. 53 ソナタ第2番、作品53
このソナタ第2番の楽譜の冒頭に、ヒナステラは自ら次のように記している。「私はソナタ第2番を書くにあたり、我が祖国の北部 - 則ち(ヨーロッパ音楽ではない)アイマラ族やケチュア族起源 - の音楽に霊感を受けている。そこには五音音階、悲しい歌、喜びのリズム、ケーナやインディオの太鼓、またメリスマ風の微分音による装飾音が聴かれる。」 アイマラ族やケチュア族は、正しくはアルゼンチン北部より更に北のボリビアやペルーの民族で、ヒナステラが後期にハマった「汎アメリカ主義」傾向の作品の一つと言えよう。上述の、アンデス先住民の民族音楽の要素が作品の中に多く取り入れられつつも、 彼が好んだ不協和音が満載の「ヒナステラ節炸裂!」のソナタである。
- Allegramente
三部形式。冒頭の主題は両手とも長三度重音が低音fで荒々しく鳴る。途中で音域が高音に上がった所では、四段楽譜となって、両外側は重音連打・内側二段は長三度重音の旋律が動くというーまるで管弦楽のスコアみたいである。曲は静かになると中間部に入り、楽譜に "come una cassa india(インディオの太鼓のように)" と記された最低音部クラスターがppで鳴り、"come kenas(ケーナのように)" と記されたペンタトニックのモチーフが高音部pppで響く。このインディオの太鼓とケーナの調べが交互に現れつつ徐々に盛り上がり、両手8分音符クラスターのfff連打を経て、冒頭の主題に戻る。最後は "sforzatissimo" で低音高音にクラスター音が炸裂して終わる。- Adagio sereno - Scorrevole - Ripresa dell'Adagio
冷え込むアンデス高原の夜の世界を描いたような、何とも不思議な響きの曲。三部形式。冒頭は "notturnale" と楽譜に記された、夜の雰囲気を現すような不協和音が高音部に静かに響き、続いて "Hawawi"(ペルーを中心としたアンデス先住民の歌)と記されたペンタトニックの旋律が現れるが、これが2オクターブ離れた短9度の音程で奏でられて神秘的な雰囲気。中間部は右手はラ-ソのトレモロ、左手はソ#-ラ#のトレモロで始まり、トレモロは風がそよぐように上へ下へと音域を変えつつ無窮動で奏される。ヒナステラ自身が「アンデスのプーナ(=アンデス高原の冷たい風)が夜に吹くような」と述べている通りの寒々しく、独特の響きの音楽である。最後は冒頭の "Hawawi"が短く回想され、消えるようなpppで終わる。- Ostinato aymará
ボリビアとペルーの国境付近に住む先住民族であるアイマラ族の音楽を元に作曲している。A-A-B-A'形式。冒頭のリズムはカルナバリート (karnavalito) だが、我々がよく知っているカルナバリートの曲「花祭り」あたりとは随分異なる、低音部クラスターがうるさく鳴る荒々しい野性的な響きだ。Aの後半は長三度重音がいくつも多調で重なったり、クラスター+多調の組み合わせなど、ヒナステラらしい音使いが満載だ。Bは、Aのモチーフがいろいろ展開され、ちょっとソナタ形式を思わせる。A'はカルナバリートの途中で両手グリッサンド(右手は白鍵・左手は黒鍵)が何度も挟み込まれ、一層派手に盛り上がり終わる。1982
- Sonata No. 3, Op. 55 ソナタ第3番、作品55
ヒナステラ最晩年の作品。彼はこのソナタを当初3楽章の曲として作ろうとしていたらしいが、晩年の病いのため単一楽章として終わらせている。楽譜の冒頭の速度記号を記す所には "Impetuosamante(激しく)" と書かれている通りの、全曲両手8分音符がガンガンガンガンとうるさく鳴りっぱなしの作品である。A-A-B-B-C形式。Aの冒頭は8分音符連打の右手短6度重音が下行、左手短6度重音が上行する主題で、太鼓を打ち鳴らすような野性的な感じ。11小節目からは高音部にクラスター混じりの8分音符連打の新たなモチーフが現れる。BはAの展開部のような部分で、下行上行する短6度重音や同音連打のモチーフが変形しつつ鳴り続ける。Bの最後では、楽譜に "come chitarra(ギターのように)" と記された、ギターの開放弦の音などが挟み込まれる。Cは主にクラスター混じりの8分音符連打モチーフと、ギター音型のモチーフが混ざり、最後はグリッサンドと低音クラスターで終わる。作曲年代不明
- Danzas argentinas para los niños 子どものためのアルゼンチン舞曲集
未完成の自筆譜が残されているだけの作品。作曲年代も分かっていないが、ヒナステラの2人の子どものために作られており、1940年代後半頃の作曲と思われる。2曲とも子守歌を思わせるような静かな曲である。
- Moderato: Para Alex モデラート、アレクスのために
イ短調、A-A-B-A形式。アルペジオの伴奏にのって、寂しげな旋律が奏される。Bは2小節毎に転調して色彩的だ。- Paisaje: Para Georgina 風景、ヘオルヒーナのために
ハ長調、A-B-A形式。6/8拍子にのって、穏やかな旋律が流れる。