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Juan Francisco Garcíaについて

 Juan Francisco García(フアン・フランシスコ・ガルシア)は1892年6月16日、ドミニカ共和国北部のサンティアゴ・デ・ロス・カバリェロスに生まれた。子どもの頃にはコルネットを習い、後にはチェロとピアノを習った。

 ガルシアは地元サンティアゴ・デ・ロス・カバリェロスのバンドの指揮者として活動しつつ、主にメレンゲなどドミニカ共和国の民族音楽を元にした曲を作っていた。1918年には "Ecos de Cibao" というメレンゲを作曲し、この曲の楽譜はドミニカ共和国で初めて出版されたメレンゲとされている。1930年にドミニカ共和国では軍人のラファエル・トルヒーヨが大統領に就任し、以降31年間に亘り独裁政治をしいていた。労働者階級の家に生まれたトルヒーヨは、今まで低俗なダンスミュージックとされていたメレンゲを国民音楽として国家主義の発揚に利用しようと考え、音楽家達にはメレンゲを作曲し、国民にはメレンゲを踊るように指導した(中にはトルヒーヨを讃える歌詞のメレンゲまで作られたらしい)。民族主義作曲家のガルシアもトルヒーヨに重用され、ガルシアは1944年から1955年までドミニカ共和国国立音楽院の院長を務めた。

 1974年11月18日、サントドミンゴで亡くなった。

 ガルシアの作品には、弦楽四重奏曲 (1922)、交響曲 "Quisqueyana" (1935)、ピアノと管弦楽のための "Fantasía concertante" (1949) などがあり、また歌曲 "Mal de amor"、"Himno a la bandera"、"Margarita del Campo" などを多数作曲した。

 ガルシアのピアノ曲は、1930年代の作品はドミニカ共和国の民族舞踊を元にした楽しかったり哀愁を帯びたりの分かりやすい小品で、1940年代からは民族音楽を作品の元にしつつも不協和音やモード奏法を取り入れたりと作曲技法の変化が窺えて興味深く、どちらの時期のピアノ曲も魅力的なのがいいところです。

 

Juan Francisco Garcíaのピアノ曲リストとその解説

1933-1940

1940-1945

1942?

1945-

1946-1950

 

Juan Francisco Garcíaのピアノ曲楽譜

Alpha Music, New York

Salón de Estudios Mozart

Universidad de Santo Domingo

斜字は絶版と思われる楽譜

 

Juan Francisco Garcíaのピアノ曲CD

星の数は、は是非お薦めのCD、は興味を持たれた人にはお薦めのCD、はどうしてもという人にお薦めのCDです。

Compositores dominicanos, Música para piano
Banco Central de la República Dominicana

María de Fátima Geraldes (pf)

 

Juan Francisco Garcíaに関する参考文献