Juan José Castroのピアノ曲リスト
斜字は自筆譜が現存せず、どんな曲だか不明な作品です。フアン・ホセ・カストロは自己に厳しい性格のため、1928年以前の作品の楽譜の殆どは捨ててしまい、妻にも「これらの初期の作品の演奏を許可しないように」と言い残したとのことである。
1913以前
1917
- Coral en do menor コラールハ短調
- Sonata en fa menor No.1 ソナタ第1番へ短調
- Allegro enérgico
- Adagio
- Allegro vivo
- Canción variada 変奏される歌
1918
- Preludio y Coral en mi menor 前奏曲とコラールホ短調
1919
- Danza 舞曲
- Variaciones y Final 変奏と終曲
- Tema
- Var. I. Moderato
- Var. II. Brioso
- Var. III. Serioso
- Var. IV. Tranquillo
- Var. V. Possente
- Var. VI. Gioioso
- Var. VII. Improvissazione
- Var. VIII. Festivo
- Var. IX. Semplice
- Final: coral
1926
- Scherzo スケルツォ
1928
- Suite infantil 子どもの組曲
- La historia de Mambrú マールバラ公の物語
- Ay! ay! ay!... Cuando veré a mi amor... あああ!‥いつ好きな人に会えるんだろう‥
- Sobre el puente de Aviñon... アヴィニョンの橋の上で
- Arroz con leche... アロス・コン・レチェ
1933-1934
- Nueve preludios 9つの前奏曲集
- Preludio 前奏曲
- Duendecillos 小妖精
- Danza 舞曲
- Para la Chingola (en su muerte - 1933) チンゴーラのために(1933年のその死を悼んで)
- Bal - Musette バール・ムゼッテ
- Scherzino スケルツィーノ
- Danza guerrera 戦いの踊り
- Historia terrible (para los chicos que se portan mal) 怖い物語(行儀の悪い子どもたちのために)
- Parade foraine 縁日のパレード
1935-1937
1936-1938
- Dos piezas infantiles 2つの子どもの小品
- Corderitos brincando (1938) 飛び跳ねる子羊
- Danza del oso (1936) 熊の踊り
1939
- Sonata No. 2 ソナタ第2番
- Allegro moderato
- Choral - Lento
- Allegro
1940
1941
- Tangos タンゴ
- Evocación 想起
- I. Llorón 泣き虫
- II. Compadrón コンパドロン
- III. Milonguero (Tango a 2 voces) ミロンゲーロ(2声のタンゴ)
- IV. Nostálgico 郷愁に満ちて
1946
1947
- Corales criollos No. 1 クリオージョのコラール第1番
- Coral, Grave
- Variacion I, Più mosso
- Variacion II, Lento
- Variacion III, Vivo
- Variacion IV, Pastorale
- Variacion V, Misterioso
- Variacion VI - "Intermezzo", Sereno
- Variacion VII, Quasi tempo di tango, libero
- Variacion VIII, Mosso, con vigore
1953
- Sonatina española スペインのソナチネ
- Allegretto comodo
- Poco lento
- Allegro (sobre un rondó de Weber)
Juan José Castroのピアノ曲の解説
1913以前
- Qué Titeo! 何たる冗談!
フアン・ホセ・カストロは10代の頃に何曲かタンゴを作曲していて、"Qué Titeo!" はその中の一曲で、1913年に出版された。ニ長調、A-B-A-C-A形式。タンゴというよりは、ミロンガのリズムの曲で、Aは粋な踊りを思わせる旋律。Bはイ長調で明るく、Cはロ短調でちょっと情熱的になる。1928
- Suite infantil 子どもの組曲
「子どもの組曲 」と言っても技巧的には結構難しいピアノ曲で、そうそう子どもが弾けるようなものではない。曲の内容も、和声などかなり高度な本格的なピアノ作品となっていて、フアン・ホセ・カストロがフランス留学を終え高度な作曲技法を身につけていることを窺わせる作品だ。そうは言え、各曲の元歌はアルゼンチンの子ども達が歌っている童謡の旋律であり、後年のフアン・ホセ・カストロのキツい?不協和音に比べればこの組曲は印象派風の魅惑的な響きが多く、彼のピアノ曲の中では親しみやすい部類に入ると思います。
- La historia de Mambrú マールバラ公の物語
スペイン継承戦争 (1701-1714年) を戦ったイギリスの軍人、マールバラ公ジョン・チャーチルについて歌う童謡。元はフランスの童謡「マールバラ公は戦争へ行った (Malbrough s'en va-t-en guerre)」だが、各国の言葉に翻訳されて多くの国で歌われている。旋律にはいくつものバージョンがあり、フランスで歌われている一番有名なバージョンは6/8拍子の旋律だが、スペイン語圏でよく歌われるバージョンは2/4拍子の異なった旋律で、フアン・ホセ・カストロはこの旋律を用いている。アチャッカトゥーラの溌剌とした伴奏にのって、ハ長調で旋律が奏される。曲が進むにつれ、最初は威勢の良かった旋律もだんだん沈むような雰囲気に落ち込んで終わる。- Ay! ay! ay!... Cuando veré a mi amor... あああ!‥いつ好きな人に会えるんだろう‥
アルゼンチン童謡「白い鳩(または、斑模様の小鳥)」の一節。曲は変ニ長調で、ハープを思わせる繊細なアルペジオにのって、童謡の旋律が優しく繰り返される。- Sobre el puente de Aviñon... アヴィニョンの橋の上で
元はあの有名なフランス童謡「アヴィニョンの橋の上で」だが、アルゼンチンで歌われる旋律は、我々が知っているあの有名な旋律とは異なっている。(後にヒナステラも、このアルゼンチン・バージョンの旋律を元に「アルゼンチン童謡の主題によるロンド、Op.19」を作曲した。)曲はホ長調で、旋律はゆったり目に奏されるが、下に上にと装飾される32分音符対旋律は半音階混じりで複雑。- Arroz con leche... アロス・コン・レチェ
スペイン語圏では有名な童謡。題名の意味は「牛乳入りのお米」で、これはスペインが起源、現在では中南米で広く食べられているライスプリンのようなデザートのこと。曲はヘ長調で、トレモロの伴奏にのって童謡の旋律が元気に奏され、様々に転調しつつ、変奏曲のように奏される。この組曲はフアン・ホセ・カストロ自身により管弦楽用にも編曲され、1929年に自身の指揮で初演された。1933-1934
- Nueve preludios 9つの前奏曲集
全9曲から成る組曲だが、第3曲Danzaの楽譜は紛失して無く、現在聴くことが出来るのは8曲である。
- Preludio 前奏曲
ソのミクソリディア旋法の16分音符音階が流れるように奏され、全音音階のパッセージが絡み、魔法のような響きの曲。- Duendecillos 小妖精
高音部を半音階混じりのアルペジオが駆け回り、多調の和音が妖しく鳴り、ちょっと不気味な妖精っぽい曲。- Danza 舞曲
- Para la Chingola (en su muerte - 1933) チンゴーラのために(1933年のその死を悼んで)
フアン・ホセ・カストロの姪で幼くして亡くなったChingolaという少女に献呈された。静かに嘆くようなモチーフが繰り返される。響きはラヴェルのピアノ曲を思わせる曲。- Bal - Musette バール・ムゼッテ
ロ長調で、この組曲中で唯一調性を感じる曲。優雅なワルツだが、突拍子もない不協和音や違った調が混じり、滑稽な雰囲気を出している。- Scherzino スケルツィーノ
タランテラの軽快なリズムで、全音音階を多用した曲。- Danza guerrera 戦いの踊り
低音で荒々しく奏される3連符の伴奏にのって、半音階混じりの重音で奏されるモチーフが繰り返される。- Historia terrible (para los chicos que se portan mal) 怖い物語(行儀の悪い子どもたちのために)
スタッカートの不協和音強打が脅しのように響く曲。中間部は高音部16分音符音階のオスティナートの下で、謎めいた和音が鳴る。- Parade foraine 縁日のパレード
8分音符のリズムにのってラッパの音や縁日の騒ぎを思わせる様々な響きが聴こえてくる曲。1935-1937
1936-1938
- Dos piezas infantiles 2つの子どもの小品
アメリカの楽譜出版社Carl Fischerは1936年から1941年にかけて、ピアノ初心者のための作品を当時の現代作曲家たちに委嘱して、"Masters of our day" というシリーズで楽譜を出版した。フアン・ホセ・カストロのこの2曲共、"Masters of our day" のために作られたピアノ曲である。第1曲Corderitos brincandoは一応イ長調かな。無邪気に飛び跳ねる子羊を描いたような曲。第2曲Danza del osoは、ちょっと無機質で滑稽な響きの曲で、サティを思わせる。
- Corderitos brincando (1938) 飛び跳ねる子羊
- Danza del oso (1936) 熊の踊り
1939
- Sonata No. 2 ソナタ第2番
このソナタは、ジプシー音階を用いたり(第一楽章)、ラグタイムのリズム(第三楽章)を用いたりしているが、全体としては特定の民族音楽に属する訳でもなく、所謂ユニバーサルな音楽である。フアン・ホセ・カストロの現代音楽家としての側面を強く感じさせるピアノ曲で、悪く言えば難解な和声だらけだが、第二楽章などはよく聴くと不協和音の絶妙な美しさも発見!といった感じで、彼のピアノ曲の中でも力作と言えよう。第一楽章Allegro moderatoは、左手オスティナートの伴奏にのって、右手にソ-ラ♭-シ-ド-レ-ミ♭-ファ-ソのジプシー音階風の旋律が妖しげに現れる。続いてミ♭-レ♭-シ♭の強打が繰り返されるモチーフが現れる。この2つが言わば第1主題と第2主題となり、その後2つが入り交じって、幻想的だったり爆発的だったりしつつ展開される。最後は第1主題が右手左手が入れ替わって再現され、第2主題も短く再現され終わる。第二楽章Choral - Lentoは、最初は4/4拍子で、2分音符の和音が静かに奏される。27小節目からは8/12拍子となり、高音部♩♪♩♪の連続と、左手長7度の響きが教会の鐘を思わせる独特な響き。これが徐々に盛り上がり、最後は両手オクターブfffで奏される。第三楽章Allegroは、ラグタイムのリズムに不協和音がぶつかる乾いた響き。
- Allegro moderato
- Choral - Lento
- Allegro
1940
- Toccata トッカータ
ピアニストのクラウディオ・アラウに献呈。A-B-A'-コーダの形式。アラウに献呈するに相応しい名人芸的な曲で、16分音符が無窮動に続き、両手交互連打など、打楽器を扱うような響きのピアノ曲である。16分音符ミ-レ-ミ-レ-ミのモチーフによる前奏が13小節奏されてから、このモチーフにのって8分音符のトッカータらしい旋律?が現れる。両手交互連打や、長9度・短9度が強打されるのが特徴的な響きだ。中間部は右手16分音符アルペジオの下で、ファのリディア旋法による息の長い旋律が朗々と奏される。最初の旋律が再現された後のコーダは、中間部の変形で、16分音符アルペジオがユニゾンで華やかに奏されて終わる。1941
- Tangos タンゴ
フアン・ホセ・カストロのピアノ曲の中でも最もアルゼンチンらしい作品であり、演奏される機会も比較的多い。但し「アルゼンチンの美しい光景」といった絵葉書的な曲ではなく、むしろブエノスアイレスの下町のドロドロとした欲望や退廃に満ちたムードを印象づけるような暗い音楽である。前奏に当たるEvocaciónとその後の4曲、計5曲から成る組曲で、各曲の終わりは(終止線ではなく)複縦線になっていて、アタッカで演奏することになる。
- Evocación 想起
ヘ短調。ppで低音で呟くように蠢くモチーフで始まり、あの有名なタンゴ「ラ・クンパルシータ」の旋律が断片的に現れては消えるを繰り返す。宛ら「タンゴ」という亡霊が呼び寄せられて現れるような感じに私には思えます。- I. Llorón 泣き虫
ヘ短調、A-B-A'形式。スタッカート低音和音のタンゴのリズムにのって、陰うつな旋律が奏される。タンゴの歌によくある、「恋人にふられたことを未練がましくグチグチと歌う」雰囲気を思わせる曲だ。中間部は両手ともオクターブで「歌」は見栄を張ったように派手になるが、また陰うつな旋律が再現され終わる。- II. Compadrón コンパドロン(ならず者)
「コンパドロン」とはブエノスアイレスの俗語で「ならず者」とか「見栄っ張りの男」という意味。変ロ短調、A-B-A'-B'-A"形式。深夜、ならず者がせわしなく闊歩する足音のような8分音符スタッカートが続く。Bは変ロ長調で、8分音符スタッカートが高音部に引き継がれ、内声が半音階を上下する。- III. Milonguero (Tango a 2 voces) ミロンゲーロ(2声のタンゴ)
「ミロンゲーロ」とはミロンガを踊る人の意味。A-B-A-C形式。一応ニ短調の旋律がミロンガのリズムにのって奏される。伴奏の左手スタッカートは調性が不安定で多調の響きだ。Bの部分は2声の旋律が8小節現れ、引き続き右手左手が逆になって繰り返される。- IV. Nostálgico 郷愁に満ちて
ヘ短調、A-A'-B-A-コーダの形式。4分音符で半音階を下る陰うつな旋律が奏され、A'は旋律が高音部32分音符で装飾されるのが不気味。Bは一応ヘ長調で、ホセ・ルイス・パドゥラ作曲のタンゴ「7月9日 (9 de julio)」のトリオの部分に似た旋律が奏される。コーダは、バンドネオンの鋭いスタッカートを思わせる両手和音だ。1946
1947
- Corales criollos No. 1 クリオージョのコラール第1番
フアン・ホセ・カストロは、「クリオージョのコラール」を3曲作った。第1番が1947年作曲のピアノ曲、第2番もピアノ曲として作り始めたが未完、第3番は1953年に管弦楽曲として作曲された。この第1番は「マルティン・フィエロ」に献呈。「マルティン・フィエロ」とはアルゼンチンの詩人ホセ・エルナンデス (José Hernández、1834-1886) が書いたガウチョ文学の最高峰、アルゼンチンの国民文学と称される作品「マルティン・フィエロ」の同名の主人公のこと。曲は主題のコラールと8つの変奏から成り、現代作曲家らしい不協和音に満ち満ちた?作品で、特に第1、6変奏などは完全に無調であり難解だが、その中でフアン・ホセ・カストロなりのクリオージョ気質を描こうとした気持ちも漂うような感じもする曲である。冒頭のコラールはヘ短調、ヘキサトニックの荘厳な旋律は、「マルティン・フィエロ」が歌うガウチョの悲歌なのだろう。彼が弾くギターの音が、開放弦のアルペジオで描写される。これに続き8つの変奏が奏される。第1変奏は、旋律に無機質な32分音符の断片が絡む。第2変奏は、主題が沈み込むように静かに奏される。第3変奏は、トッカータ風で6/8拍子と5/8拍子が入れ替わる変拍子だ。第4変奏は、リズムや6/8拍子のテンポは牧歌風だが、ヘキサトニックの響きが謎めいた感じ。第5変奏は、2オクターブ離れたユニゾンの主題の上に時折神秘的な和音が奏される。第6変奏は、第1変奏同様に旋律に32分音符の断片が絡む。第7変奏は、4声のポリフォニックな曲。タンゴのリズムだが、和音は謎めいた不協和音。第8変奏は、急速なテンポで3連符が嵐のように走り回る。最後に冒頭のコラールが短く回想され終わる。
- Coral, Grave
- Variacion I, Più mosso
- Variacion II, Lento
- Variacion III, Vivo
- Variacion IV, Pastorale
- Variacion V, Misterioso
- Variacion VI - "Intermezzo", Sereno
- Variacion VII, Quasi tempo di tango, libero
- Variacion VIII, Mosso, con vigore
1953
- Sonatina española スペインのソナチネ
フアン・ホセ・カストロは、父の祖国であるスペインを題材にした作品をいくつか作っていて、父の出身地のスペイン・ガリシア州に捧げたカンタータ "De tierra gallega (ガリシアの大地, 1946)" や、スペインの詩人、劇作家ガルシア・ロルカの戯曲や詩を元に作ったオペラや歌曲がある。このSonatina españolaを作曲した1953年当時、フアン・ホセ・カストロはオーストラリアのヴィクトリア交響楽団の常任指揮者としてメルボルンに住んでいた。遠い異国の地に在って彼が思うは、自身が生まれたアルゼンチンではなく、先祖の地スペインだったのかしら。スペインの旋法やリズムを用いながらも、フアン・ホセ・カストロらしい高度な不協和音や複雑なリズムに満ちたこの作品は、作曲技法で魅せるような作品である。曲は3楽章から成る。第1楽章Allegretto comodoはソナタ形式。蠢くような3連符のモチーフと、こぶし混じりのスタッカートの粋なモチーフから成る第1主題と、フリギア旋法の歌うような静かな第2主題が現れる。これらの主題が九度の和音を多用した響きのなかで展開されていく。第2楽章Poco lentoは、気怠い雰囲気の緩徐楽章。第3楽章Allegroは、ウェーバー作曲のピアノソナタ第1番ハ長調、作品24の第3楽章の旋律(2/4拍子、ハ長調)が右手で奏され、ホタのリズムの軽快な旋律(3/8拍子、嬰ヘ長調)が左手で奏されるという、ポリリズム・ポリトーナルで始まる。どちらの旋律に耳を傾けるかによって曲の聞こえが異なるように私には思える、不思議な曲です。その後、ホタのリズムの旋律は単独で現れたり(ここでの左手伴奏はミクソリディア旋法)、ウェーバーの主題も調を変え単独で現れたりと展開し、曲の後半は拍子自体不規則に変化して更に複雑になっていく。
- Allegretto comodo
- Poco lento
- Allegro (sobre un rondó de Weber)