Clarisse Leiteのピアノ曲リスト
下記の西暦は、作曲年 / 楽譜出版年 です(?は年代不詳です)。
- Suíte Exótica 奇妙な組曲
- Guerra de brinquedo おもちゃの戦争
- E o caboclo ficou só... そしてカボクロが一人残った・・・
- Tranqüilamente feliz... 平安・・・
- Página d'uma vida... 一つの人生のページ
- Vitral (Reminiscência Bachiana) ステンドグラス(バッハ風の思い出)
- 5 Poemas 5つの詩曲
- Distância 隔たり
- Nuvens 雲
- Displicência 無関心
- Obsessão 不安
- Mar 海
- Guerra dos Palhaços ピエロの戦争
- N'uma cidade muito antiga... ある古い町で・・・
- O Bezouro Azul ブルービートル
- O Chefe da tribo Tabarú タバル族の長
- Requinte (Gavota) 洗練(ガボット)
- Capinando no asfalto (Fantasia paulista) アスファルトの草取り(サンパウロの幻想曲)
- Domingo no engenho (Bate pé) 砂糖農園の日曜日(バテ・ペ)
- Duo Concertante n.1 (para 2 pianos) デュオ・コンチェルタンテ(2台ピアノのための)
- Impressões Fugazes 束の間の印象
- Horas de minha vida 楽しい時
- Um pouco de mar em meus olhos 私の目の中の少しの海
- Se eu duvido de ti... もし私が君を疑うなら・・・
- Era uma vez um país distante... むかしむかし、ある遠くの国で・・・
- Incompreensão 無理解
- Intimidade (Noturno) 親密(夜想曲)
- Marquesa de Santos (Minueto) サントス侯爵婦人(メヌエット)
- Na casaca do vovô お爺ちゃんの燕尾服で
- Na praça menino Deus (Recordações de Lisbôa) メニーノ・デウス広場で(リスボンの思い出)
- Napolitana (Tarantela) ナポリの女(タランテラ)
- Coleção Vocês do amanhã
- O genio mau dos rios (1975) 川の悪魔
- Onde Karen mora カレンが住む所
- Mitsuko em Kyoto 京都のミツコ
- Quem há de ser o meu amor
- Dança das areias... 砂の踊り・・・
- Antes do Simum シムーンの前に
- Contempla o horizonte, filho! (1973) 息子よ、視野を広げなさい!
- Meu Dick 私のディック
- Ascensão em dó menor ハ短調の上昇
- Ascensão em dó maior ハ長調の上昇
- Ascensão em mi menor ホ短調の上昇
- De norte a sul 北から南へ
- Sertão セルタン
- Rixa 争い
- Folguedos na Calçada (piano a 4 mãos) 歩道での遊び(連弾)
- Lá vem ela あそこに彼女が来る
- Quem há de ser o meu amor 私の好きな人は誰
- E a última há de ficar 最後の人
- Impressões de Viena ウィーンの印象
- Quilombo dos palmares キロンボ・ドス・パウマーレス(パウマーレスの逃亡奴隷集落)
- Banzo バンゾ(ホームシック)
- A Fuga 逃走
- Libertação 解放
- Impressões de Espanha スペインの印象
- Ciclo de Jazz ジャズの連作集
- Spiritual dance スピリチュアル・ダンス
- São Paulo Blues サンパウロ・ブルース
- Clarleston チャールストン
- Suíte Barroca (para piano ou cravo) バロック組曲(ピアノまたはチェンバロのための)
- Allemande アルマンド
- Gavota ガボット
- Pavana パヴァーヌ
- Bourrée ブーレ
- Sarabanda サラバンド
- Giga ジーグ
- Trovas d'além Mar... 海外のトローバ・・・
- Miniaturas ミニアチュール集
- Lullabye (Composta em parceria com Arnaldo Dias Baptista) ララバイ(アルナウド・ヂアス・バチスタとの共作)
- Onde Kelly Dança ケリーが踊る時
- Rozinha e o pobre ロジーニャと乞食
- Dança de outros tempos (Composta por Arnaldo Dias Baptista) ほかのテンポの踊り(アルナウド・ヂアス・バチスタ作曲)
- Paisagens 風景
- O canto ingênuo do arrôio アホイオの素朴な歌
- Alma dos rios リオスの魂
- Novas miniaturas 新しいミニアチュール集
- Riso espontâneo 自然な笑い
- Hamed ハメド
- A caminho de Casbah カスバの道
- Na areia deixei meus passos 砂に残った私の足跡
- Improvisos 即興曲集
- Você partiu sem me dizer adeus さよならも言わず貴方は行ってしまった
- Por que? 何故?
- Baixinho, amada... こっそりと、愛されて・・・
- Sumidouro 排水口
- 3 Danças 3つの舞曲集
- Eurasiana ユーラシアの人
- Etrusca (Composta em parceria com Arnaldo Dias Baptista) エトルリアの人(アウナルド・ジアス・バチスタとの共作)
- Vaudeville ヴォードヴィル
- Brasileirando (da Série Brasileira nº 1) ブラジレイランド(ブラジル組曲第1シリーズ)
- Vestido azul de chita 更紗の青いドレス
- Minha rede e meu violão 私の網と私のギター
- Dengue 気取って
- Angústia (Estudo de concerto) 苦悩(演奏会用練習曲)
- Dorotéia ドロテイア
- Novos poemas, II - tomo 新しい詩集、第2巻
- Lição do mar
- Na cadência do teu passo
- Sem você
- Prata nos seus cabelos
- Aragens
- Últimos poemas, III - tomo 最後の詩集、第3巻
- O amanhã chegou
- Quando eramos dois
- Atlântida
- Ansiedade
- Conversa entre cristais
Clarisse Leiteのピアノ曲の解説
レイチのピアノ曲の楽譜を見ると、しばしば楽譜の表紙にレイチ自身の詩や、夫で詩人のセザル・ジアス・バチスタの詩の一節が記されている。また楽譜の中にも、実に多くの発想記号というか、曲の情景を説明するような書き込みが曲の途中あちこちある。それらをここに全てを和訳して記すことは私のポルトガル語の拙い知識では到底不可能なので、一部の曲について[](角括弧)で囲みで和訳と原文を記しました。
- Transmigração 転生
嬰ハ短調、A-B-B'-A'形式。Aは、楽譜に[心臓の鼓動 batidas d'um coração]と記された4拍子の和音の静かな刻みにのって、[表情豊かに、深い悲しみで expressivo, profundamente triste]と記された嘆くような旋律が奏される。中間部BとB'は3拍子になり哀愁たっぷりのヴァルサ・ブラジレイラが奏され、楽譜には[歌うように cantante]、[とても優しく(十分に郷愁をもって)dolcissimo (con uma saudade imensa)]、[ゆっくりと想起して evocando lentamente]、[物悲しく doloridamente]などの指示があちこち細かく記されている。最後はAが短く再現され、心臓の鼓動が止まるように終わる。
- Valsa etérea 崇高なワルツ
変ホ長調、A-B-A形式。付点音符混じりの愛嬌ある旋律のワルツで、十度の左手和音や三度重音の旋律、前打音などが華やかな響きだ。Bは変イ長調になり、流れるような旋律〜(楽譜に[ためらうように hesitante]と記された)踊るのを恥ずかしがるような旋律〜優美な旋律と続く。
- Suíte Exótica 奇妙な組曲
- Guerra de brinquedo おもちゃの戦争
ハ長調。威勢の良い主題が奏され、軍靴の足音や突撃ラッパの音が時々現れる。
- E o caboclo ficou só... そしてカボクロが一人残った・・・
イ短調、A-B-A'形式。寂しそうな右手旋律が静かに奏される。Bは左手に旋律が現れる。
- Tranqüilamente feliz... 平安・・・
ヘ長調。穏やかなアルペジオの伴奏にのって、郷愁あふれるような旋律が流れる。
- Página d'uma vida... 一つの人生のページ・・・
ハ短調。人生の苦悩の語るような旋律が静かに奏される。後半は変ホ長調になり、良き昔を語るような雰囲気で、徐々に感情が高ぶり、楽譜には[興奮して agitato][更に性急に mais violento][乱れるように tumultoso]と記されている。最後に冒頭の旋律がヘ短調ppで短く回想されて終わる。
- Vitral (Reminiscência Bachiana) ステンドグラス(バッハ風の思い出)
ホ短調。シチリアーナ風のリズムで三声のコラールが奏される。速いテンポのカノンを挟んで、後半はイ短調になり。威勢の良い音楽が奏される。
- 5 Poemas 5つの詩曲
5曲とも抽象的な世界を表したような作品で、「雲」、「海」といった曲も雲や海を描いたと言うよりは、自分の心のひだを雲や海に例えればといった雰囲気の曲である。
- Distância 隔たり
楽譜の冒頭には短い詩が[接している海と空の間、魂とその探求の間 - 無限のもの、一つの心と他方の心の間 Entre Mar e Ceu que se tacm, Entre a alma a sua busca - o Infinito, Entre um coração e outro]と記されている。嬰ハ短調、A-A'-B-B-A'形式。Aは[ほの暗さ - 浜辺 Penumbra - Praias]と記され、左手伴奏アルペジオと右手旋律が一続きになって、曇天の海岸に打ち寄せる波のような陰うつな響きだ。Bはホ長調になり、戯けた明るい雰囲気になるが、間もなく陰うつな冒頭の旋律に戻り、消えるように終わる。
- Nuvens 雲
変ニ長調、A-B形式。旋律は穏やかだが、[ゆったりとした雲、重々しく白い Lentas nuvens, pesadas e brancas]と楽譜に記された両手オクターブの和音や半音階進行の対旋律が暗い影を落としているような感じ。
- Displicência 無関心
楽譜の冒頭には短い詩が[命の前で、愛の前で、死の前で、幸せの方法など無いだろうか? Ante a Vida, Ante o Amor, Ante a Morte, Não será a formula de ser Feliz?]と記されている。変ト長調。ワルツ風だが、和音も調も安定せず落ち着かない雰囲気で、最後はニ長調になる。
- Obsessão 不安
楽譜の冒頭には[エゴイズムがぐるぐる回る所 Onde o Ego rodopia]と記されている。ホ短調、A-A'-B-A"形式。不安感が頭の中でぐるぐる回っているようなモチーフが4拍子の和音にのって繰り返される。最後も[取り憑かれたような考えに常に捕らわれて sempre aprisionado pela idea obsessiva]と記された通り不安げなまま終わる。
- Mar 海
楽譜の冒頭には短い詩が[愛の象徴、その甘さで、その情熱的な猛威で、その無限の神秘で Simbolo do amor, Com a sua doçura, Sua apaixonada violência e seus enfinitos mistérios]と記されている。嬰ハ短調。波が打ち寄せるような32分音符アルペジオは暗い響きで、楽譜に[重く深く、歌声は海の底から聞こえる grave e penetrante, o canto vem do fundo do mar]と記された旋律が現れる。この旋律はオクターブで音量を増して繰り返され、ひとしきり激しく盛り上がり、また静かな波音に戻り、楽譜に[(神秘的に)歌声は甘く、波は穏やかに (misteriosamente) o canto é doce e as ondas deslizam suavemente]と記され旋律が回想され、消えるように終わる。
- Tombam estrelas no espaço (Valsa lírica) 夜空に星が降る(抒情的なワルツ)
ホ短調、A-B-C-A'形式。楽譜の1小節目には[一人きりのギター um violão solitário]と記されていて、ギター弾きが悲しい調べを奏でるようなワルツだ。Bは一時ト長調になり、[思い起こすように evocadoramente][愛情をもって con amor]などと記された甘い旋律が現れるが、すぐにホ短調の寂しげな旋律に戻る。Cはホ長調で夢想するような雰囲気になるが、これも間もなく嬰ト短調になって、Aが嬰ト短調で短く再現されて終わる。
- Coleção "Trilogia Sideral" 宇宙三部作
- Primeiros passos na Lua 初めての月面歩行
アポロ11号が初めて人を乗せて月面に到達したのが1969年であり、レイチも当時その映像を見たのであろう。イ短調、A-B-A'-コーダの形式。月面をフワフワと歩く様子を描写したような曲。1〜4小節、5〜8小節とダンパーペダルを踏みっぱなしにして濁った不協和音を敢えて作っているのが、月面の雰囲気を上手く出している。
- Um circo em Marte 火星のサーカス
「火星のサーカス」なので空想の世界なのだろう。イ短調、A-B-A'形式。楽譜の1小節目には[ピカピカの飾り物を着けて早足で走る馬 ginetes a trote lentejoulas brilhando]と記され、左手スタッカートの4分音符にのって勇ましい旋律が奏される。10小節目は[道化師 palhaços]と記されていて、ffで戯けた両手ユニゾンのモチーフが現れる。Bは[空中ブランコが宇宙を漂う trapezios volantes riscam o espaço]と記され、空中ブランコが近付いたり離れたり大きく弧を描く様をクレッシェンド・デクレッシェンドで表現している。
- Carnaval em Venus 金星のカーニバル
ハ短調、前奏-A-B-A'形式。ファンファーレの管楽器の響きのような前奏に引き続き、楽譜に[行進曲 Marcha]と記された速いテンポの華やかな旋律が奏される。途中[リオデジャネイロっ子らしく cariocamente]とか、最後に旋律が再現される所では[コルダゥン(カーニバルのグループ)は興奮して進む E o cordão prossegue em delírio]と記されていて、リオのカーニバルが金星に引っ越した設定なのかな?。
- Ói a sáia déla, Inderê! 彼女のスカートを見ろよ、インデレ!
作曲家のルイス・モレイラ Luiz Moreira (1872-1920) の歌曲《インデレ! Inderê!》を元にした曲で、「彼女のスカートを見ろよ、インデレ! Ói a sáia déla, Inderê!」は歌の歌詞の最初の部分である(「インデレ」の意味は調べましたが分かりませんでした)。A-B-A'形式。Aはレイチのオリジナルの部分で、楽譜に[体を左右に揺すって gingado]と記されている通り、元歌の戯けた雰囲気をシンコペーションで愉快に表している。変ロ長調に転調するとまもなくBになり、元歌の旋律が和音を伴って奏されるが、ここは原曲よりゆったりと歌うような雰囲気に編曲されている。
- Dona Flôr ドナ・フロール
「ドナ・フロール」とはブラジルの作家ジョルジェ・アマードが1966年に発表した小説『ドナ・フロールと彼女の二人の夫 Dona Flor e Seus Dois Maridos』の主人公の名前である(この小説は1976年にブラジルで映画化され、日本でも『未亡人ドナ・フロールの理想的再婚生活』という邦題で公開された)。小説の舞台はブラジル北東部(ノルデスチ)のバイーア州サルヴァドールだが、この曲もノルデスチの民族音楽が用いられていて、曲の前半の十度重音の旋律の低音部はソのミクソリディア旋法で、後半の左手和音はバイアォンのリズムだ。
- Rabiscos na areia o mar apaga 海に消された砂の上のなぐり書き
イ長調、A-B-A'形式。Aは右手16分音符の分散和音が奏され、人気のいない海岸に静かに波が打ち寄せるような雰囲気。Bは一応ハ長調になり、[柔らかい乾いた音 sêco mas aveludado]と記された左手スタッカート同音連打にのって右手に息の長い旋律が奏される。
- Era uma velha que tinha sete filhas... (Mini-slide) 7人の娘を持つ母親がいました・・・(ミニスライド)
ブラジルでは有名な童謡の編曲。ヴィラ=ロボスが作った《ギア・プラチコ(ブラジル音楽の手引き)》第9巻4曲にも 〈9人の娘を持つ母親 A velha que tinha nove filhas〉 という曲がある。楽譜の表紙には童謡の歌詞が以下の通りに記されている。[7人の娘を持つ母親がいました、皆はビスケットを食べました。一人がタンゴロマングロ[tanglomanglo=奇病]になってしまい、7人が6人になりました。”[=同様に]5。”4。”3。”2。”1。”0。]。曲はハ長調。戯けた前奏に引き続き、童謡の旋律が奏される。左手伴奏はI度の和音にラ♭が付いたり、六度重音が半音階進行したりの響きが、一見あどけない旋律に影を落としているように思います。
- O jumentinho perdido em Jerusalém (Mini-slide) エルサレムで迷った小さなロバ(ミニ・スライド)
ト長調。左手8分音符スタッカートの伴奏は、小さなロバがコトコトと足音を立てて小走りしているような感じだ。旋律は長調だが、左手伴奏にミ♭が入るーすなわちト短調の響きーのがロバの不安を描写。途中で楽譜には[決心がつかず indeciso]、[途方に暮れる desnorteado]、[ちょっとゆっくりになる un pouquinho mais devagar]、[不安になる angustiado](ここはヘ短調になる)などとロバが迷っている様子が記されている。でもやっと[思い出して lembrando]正しい道順が分かったのか[喜び勇んで numa explosão de alegria]となり、元気な足音になって[確かな方向へギャロップで走る galopindo rumo certo]向かい、[安堵して com alívio]終わる。
- Suíte Nordestina ノルデスチ組曲
ブラジル北東部(ノルデスチと呼ばれる)の民族音楽はそのリズムや、教会旋法の多用などブラジルの中でも独特の音楽の世界を成している。レイチはサンパウロ出身だが、ノルデスチの民族音楽を題材にこの《ノルデスチ組曲》や、副題に《ノルデスチの光景》と付いた作品をいくつか作曲していて、それらは個人的にはどれもレイチのピアノ曲の中でも傑作揃いに思います。
- Baticum バチクム
バチクムとは、打楽器または手拍子・足拍子での打ち鳴らしのこと。♩♫♩♫の左手リズムといいファ♯のミクソリディア旋法の右手旋律といい、ノルデスチの雰囲気ムンムンだ。旋律は最初は呟くように、徐々に声を上げるように奏される。この旋律は繰り返されながら一時ト長調になったり、旋律に合いの手のような対旋律が加わったり、左手リズムが♪.♪.♪のシンコペーションになったりと騒がしく盛り上がる。
- Prece por Maria Bonita マリア・ボニータのための祈り
マリア・ボニータ(本名Maria Gomes de Oliveira, 1911-1938)は、1920年代から30年代にかけて暗躍した、カンガセイロと呼ばれるノルデスチの盗賊団の首領ヴィルグリーノ・フェレイラ・ダ・シルバ(ランピアォンというあだ名で有名)の妻(または愛人)のこと。マリア・ボニータはランピアォンとの間に子どもももうけたが、1938年に警察との銃撃戦でランピアォンと共に亡くなっている。ハ長調、A-A'-A-A'形式。楽譜に[柔らかく、歌うように aveludado e cantante]と記された、シ抜きのヘキサトニック音階で奏される旋律は素朴で、子守歌のような雰囲気だが一方、左手伴奏の半音階進行の響きが曲に暗い影を落としていて、マリア・ボニータへの鎮魂歌のようにも聞こえる。A'は変イ長調に転調する。
- Jagunços ジャグンソたち
ジャグンソとはノルデスチの大農場主たちが雇う用心棒のこと。ノルデスチでは農場主たちが土地を奪い合ったり、また盗賊の襲撃も多かったため、ジャグンソは農場主の私兵として武装していたとのこと。ト長調。冒頭の伴奏の不協和音からして「殺し屋の匂い」のような不気味なムードで、5小節目から現れる旋律はソ-ラ-シ-ド-レ-ミ♭-ファ-ソの旋法(ミクソリディア旋法とフリギア旋法の混合)で独特の雰囲気。曲は転調を繰り返し、多調にもなったりと展開される。
- Aboiado (Cena nordestina Nº 2) (Maxi-slide) 牛追いの歌(ノルデスチの光景第2番)(マキシ・スライド)
ノルデスチ(=ブラジル北東部)の荒涼とした光景が目に浮かぶような曲である。Aboiado(またはAboioとも言う)とはブラジルの牧童の牛追いの歌で、決まったリズムはなく、歌はだいたい母音のみで発せられるので歌詞はあるようなないようなである。楽譜の1〜3小節目には[カーチンガの灼熱の大草原にホラ貝が響く Na caatinga, nas estepes tórridas sôa o buzío](筆者注:カーチンガとはブラジル北東部の乾燥地帯でトゲ林が生えている地帯)と記されていて、低音オスティナートにのって、ホラ貝の音色が短九度で鳴る。5小節目には[牛飼いの歌はもの寂しく、ゆっくりと O canto do vaqueiro é triste e largo]と記され、ファ♯のミクソリディア旋法とフリギア旋法が混じったような気怠い旋律が中声部に現れ、ノルデスチの音楽らしい雰囲気だ。後半は両手16分音符アルペジオが忙しなく奏され、楽譜には[驚いた動物達は動く As rezes assustadas se movimentam]と記され、牛の群れが走り出したような光景だ。最後に牛飼いの気怠い旋律が短く再現され、[遠くに反響 um reflexo ao longe....]と記された高音部16分音符が鳴り、遠くに去って行くように終わる。
- Careca o pai (Mini-slide) 禿げの父親(ミニ・スライド)
ホ短調、A-B-A'形式。Aはアラビア風の旋律がフリギア旋法で奏される。Bはホ長調になり、素朴な旋律が現れる。
- Dança dos esquilos (Maxi-slide) リスたちの踊り(マキシ・スライド)
ハ長調。題名通りのチョコマカとした感じの速い曲。最初の6小節で楽譜に[リスが1匹、2匹、3匹、4匹 um esquilo, dois esquilos, tres esquilos, quatro esquilos]と記され、次々と現れたリスたちが踊っている様を、短二度の不協和音の多用で滑稽に描写している。[お互いにクルミを投げ合う atiram nozes ums nos outros]と記された所では16分音符両手交互連打が奏される。最後に16分音符スタッカートが半音階で3オクターブ半を降りて行く所は楽譜に[森の中へ消えていく sumindo pela floresta adentro]と記され、リスたちが走って姿を消すようで面白い。
- Essa ternura imensa... その無限の優しさ・・・
変イ長調。穏やかなアルペジオ伴奏にのって優しい旋律が流れるが、転調が多く、最後は変ニ長調になっている。楽譜には[夢想 devaneio]、[とても甘く dulcíssimo]、[幸せな思い uma recordação feliz]、[うっとりして acariciante]などと記されている。
- Feche os olhinhos, que o soninho vem... (Berceuse) お目目を閉じて、おやすみなさい・・・(子守歌)
ニ長調、A-A'-A"-コーダの形式。ゆったりとしたオスティナートの伴奏にのって、静かに呟くような旋律が奏される。対旋律に半音階や短調の音階がしばしば紛れ込んでいて、翳りを落とすような絶妙な響きだ。A'はへ長調、A"は変イ長調、コーダはヘ長調と転調しながら旋律が変奏されていく。
- Hyôga (Gelos flutuantes) (Maxi-slide) 氷河(波打つ氷)(マキシ・スライド)
日本との縁が深かったレイチは、この曲を含め日本語を題名とするピアノ曲を3つ作っている。嬰ヘ長調、A-B-A'-C-A'-C"形式。完全な五音音階で作られていて、ファ♯, ソ♯, ラ♯, ド♯, レ♯の音しか現れない。控えめで穏やかな旋律が奏され、Bは氷の雫が落ちるような感じで、(個人的には)氷河といった雄大な光景よりは、静々とした日本女性の様を描いたような曲に思えますが・・・。
- Vendaval (Fantasia) 疾風(幻想曲)
ハ短調、A-B-A'形式。題名通りの疾風が吹き荒れるような曲で、無窮動で奏される16分音符は練習曲のようである。冒頭の[風がカサカサと音を立てて落葉を軽く吹き飛ばす O vento varre levemente as folhas soltas n'um farfalhar suave]と楽譜に記された速い右手16分音符連続のモチーフから技巧的だが、17小節目からはそのモチーフが左手に移り、右手に別の旋律が重なる所は更に技巧的で聞かせ所だ。Bはヘ短調になり、息の長い旋律の下で16分音符が蠢くように奏される。
- Minuano (Estudo de concerto) ミヌアノ(演奏会用練習曲)
ミヌアノとは、ブラジル南部(主にリオグランデ・ド・スル州)で吹く冷たい南風のこと。リオグランデ・ド・スル州出身である、当時のブラジル大統領エミリオ・ガラスタズ・メジシに献呈された。嬰ハ短調、A-B-A'-C-A"-B'形式。2オクターブのアルペジオの伴奏にのって陰うつな旋律が奏される(旋律の最初の4小節はショパンの《ノクターン第19番ホ短調・作品72-1》にかなり似ている)。Bは3連符重音が続き、それが半音階進行で駆け上がる所は、冷たい風が吹きすさぶのを描いているよう(楽譜にも[ミヌアノ O Minuano]と記されている)。B'は技巧的な両手和音やオクターブとなり激しく終わる。
- Anata o aisuru (Eu te amo) 貴方を愛する
イ短調。最後の5小節を除き左手伴奏は4分音符ラ-ミ-ラ-ミがずっと続き、それにのって右手に日本の都節音階(いわゆる陰音階)の素朴な旋律が奏される。
- E a cabocla não ficou só... そしてカボクラは一人も残らなかった・・・
ハ長調。全曲ギターの音色を思わせる感じで、何とも言えぬ甘い響きの曲。
- Lendas... e nada mais 作り話・・・ただそれだけ
子ども向けの作り話を表情豊かに描いた組曲。ピアノ技巧的には(特に第1、3曲は)かなり難しい。
- O currupira pula na brasa クルピーラが興奮して駆ける
クルピーラ
とはアマゾンの先住民族トゥピ族の言葉で、森を守る妖精のこと。男の子の姿をしていて、森を荒らしたり、弱い動物や赤ちゃんがいる動物を殺す人を懲らしめるとされている。強いて言えば変イ長調、A-B-A'形式。速いテンポの曲で、短2度混じりのスタッカートのモチーフや16分音符連打はクルピーラが跳ねたり走ったりする様子を描写している。Bの後半で3-3-2リズムのシンコペーションの和音が現れるところがブラジルらしい。
- A nuvem e o lago 雲と湖
変イ長調、A-B-C-A'形式。Aは楽譜に[雲の心は限りなく空いている a alma das nuvens é infinitamente vazia]と記され、全音符の和音の上で当ても無いようなモチーフがゆったりと奏される。Bは[湖は透明で、素朴で、澄んでいるが、雲に暗くされていると感じている um lago transparente, ingênuo e puro, sentiu-se turbado pelas nuvens]と記され、左手アルペジオの伴奏にのって大らかな旋律が奏される。Cは(おそらく)雲を表す16分音符トリルの上下で雲のモチーフが奏される。
- O duende louco いたずら好きのドゥエンデ
ドゥエンデとはスペインやラテンアメリカに伝わる妖怪の一つ。ドゥエンデは家に居る妖怪だが、日本の座敷童子と異なり、人間に悪さをすることもある。ハ長調、A-B-A'形式。速いテンポの曲で、Aで三度重音で奏されるモチーフが悪戯っぽいドゥエンデを描いているよう。Bは16分音符半音階がトグロを巻くように奏されて不気味な雰囲気。A'はト長調になり、左手はBから続く16分音符半音階、右手にAの旋律が再現される。
- Oi xente! (Cena nordestina Nº 4) やあ、みんな!(ノルデスチの光景第4番)
楽譜の表紙には[カピベリベ川の橋の上を彼女は通る・・・「やあ、みんな!」と水が叫ぶまで Sobre a Ponte do Capiberibe, ela passa... e até as águas gritam: - "Oi xente!"]と記されている。カピベリベ川(現在は一般的にカピバリベ川と呼ばれる)はブラジル北東部レシフェを流れる川である。上記の短文はもしかすると童謡「ロンドン橋落ちた」のブラジル版なのかもしれない。ハ長調、A-A'形式。シンコペーションで刻まれる左手和音はアコーディオン(またはサンフォーナ)の響きを思わせ、それにのって時々シが♭(則ちドのミクソリディア旋法)にな陽気な旋律がノルデスチらしくていい。ひとしきり旋律が奏されると、左手リズムがブンチャチャブンチャチャとワクワクするようなリズムだ。A'は最初変イ長調だがすぐにハ長調に戻り、最後はブンチャチャブンチャチャが賑やかに奏されて終わる。
- Pra creança chorar (ou Pelegrina) 泣く子のために(またはペレグリーナ)
ハ長調、楽譜は僅か1ページの短い曲。左手2分音符のオスティナートにのって、子守歌のような旋律が奏される。
- Suíte ouro verde オーロ・ヴェルジ組曲
"ouro verde" は直訳すれば「緑色の黄金」の意味だが、サンパウロ州西部に同名の町がある。またコーヒーを "ouro verde" と呼ぶことがあり、この題名はどちらのを指しているのか分かりません。
- Jongo ジョンゴ
ジョンゴとはブラジルのアフリカ系住民の民族舞踊で、中部〜南部アフリカ(おそらくアンゴラあたり)を起源とし、多数の男女が一緒にペアまたは輪になって踊り、音楽は歌と打楽器のみからなる。曲は(強いて言えば)イ長調。太鼓を打ち鳴らすような16分音符のモチーフが執拗に繰り返されながら徐々に盛り上がって行く。
- Você あなた
変ニ長調、A-B-A'形式。穏やかな和音の中で、小川の流れのようなアルペジオが続く曲。
- Eu nunca vou dizer... 私は決して言わないだろう・・・
ト短調、A-A'-B-A"形式。[郷愁を誘い、波のように、穏やかに saudoso, ondulante e macio]と楽譜に記された旋律が哀愁たっぷりと奏される。Bはト長調〜変ホ長調となる。
- Esse encanto que você tem! あなたが持つ魅力!
イ長調、A-B-A-B'形式。シンコペーションのリズムが気取った感じの曲。Bは嬰ヘ短調になる。
- Incompreensão 無理解
楽譜の表紙にはレイチ自身の詩の一節が[夜の漆黒の闇の中、星々は神様の涙、人間の無理解のために No fundo negro da noite, as estrelas são lágrimas de Deus, pela incompreensão dos homens]と記されている。ハ短調、A-B-C-B'形式。夜、一人静かに嘆くような旋律が奏される。CとB'はイ短調になる。
- Marquesa de Santos (Minueto) サントス侯爵婦人(メヌエット)
サントス侯爵婦人とは、ブラジル皇帝ペドロ1世の側室で、正式な名前はドミティリア・デ・カストロ・エ・カント・メロ (1797-1867) である。ト長調、A-B-C-A'形式。バロック風の曲で、Aは楽譜に所々[高尚に nobre]、[洗練され delicado]、[優雅に com elegância]と記されて、ターン混じりの旋律は上品な雰囲気。Bはト短調になる。Cはト長調に戻り、[気取って faceira] と記されたスタッカートが愛嬌ある。
- Napolitana (Tarantela) ナポリの女(タランテラ)
イ短調(またはミのフリギア旋法ともとれる)。タランテラらしい付点音符や3連符の旋律が右手に奏される。初心者向けの曲らしく、伴奏の左手は4分音符のみ。
- Impressões de Viena ウィーンの印象
ウィーンのみならず、「ライン川」「アルペン」といったオーストリア全体を含めた旅の思い出を曲にしたのであろうか。曲はメドレー形式で、楽譜のあちこちにどこの印象の音楽であるかが記されている。冒頭は変ニ長調で[オーパンバル Opernball]と記され、華やかだったりテンポを揺らして艶かしかったりのウインナ・ワルツが奏される。続いて変ロ短調になり[シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunn]と記された、上品なメヌエットが奏される。次に[三人姉妹の家 Drei Mäderlhaus]の変ニ長調のゆったりとしたワルツが現れる。4/4拍子に変わると[ライン川 Der Rhein]と記された変ロ短調の哀愁漂う旋律が水の流れのような16分音符を伴って奏され、[アルペン Die Alpen]と記されるとそのままの旋律が変ロ長調に移調されて繰り返される。3/4拍子に戻って変ホ短調で[ウィーナー・ホイリゲ Der Viener Heuriger]と記された派手なワルツが現れる。次は曲想がガラリと変わって、変ホ短調の[ウィーン楽友協会 - 大ホール Musik Verein - Grosser Konzertsaal]では雷鳴のような低音部音階が、壮麗な管弦楽か、はたまたヴィルトゥオーソのピアニストの音を表しているよう。続いて変ロ長調の[プラーター公園 Prater]では遊具が動いているような雰囲気、[青きドナウ Die Blaue Donau]では16分音符を伴った流れるような旋律が現れる。最後は[オーパンバル Opernball]のウインナ・ワルツが華やかに再現されて終わる。
- Ciclo de Jazz ジャズの連作集
- Spiritual dance スピリチュアル・ダンス
ホ短調、A-B-A'形式。Aはアルペジオの伴奏にのって陰うつな旋律が奏される。Bは一応ホ長調になる。
- São Paulo Blues サンパウロ・ブルース
ハ短調、A-B-A'形式。一部五音音階だったり、旋律がブルースの歌手のような節回しだったりの曲。
- Clarleston チャールストン
ハ長調、A-B-A'形式。米国の踊りチャールストンに合った曲。ラグタイムやケークウォークのリズムが出てくる。
- Paisagens 風景
- O canto ingênuo do arrôio アホイオの素朴な歌
トアーダ(主にブラジルの中部〜南部で歌われる民謡の一つのジャンル)を思わせる曲。ニ長調。3-3-2のゆっくりしたリズムの和音にのって素朴な旋律が奏され、転調しながら何度も変奏される。
- Alma dos rios リオスの魂
印象派風の曲。A-B-A'形式。冒頭は右手で短七の和音が半音階進行する下で、左手中音部に3連符混じりの気怠い旋律が奏される。Bでは全音音階や減五短七の和音が謎めいた響きだ。
Clarisse Leiteのページへ戻る