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Celia Torráについて
セリア・トマーサ・トラ Celia Tomasa Torrá は1884年9月18日、アルゼンチン東部エントレ・リオス州のコンセプシオン・デル・ウルグアイに生まれた(「コンセプシオン・デル・ウルグアイ」は川を隔ててウルグアイに接してはいるが、アルゼンチンの都市である)。両親は音楽好きで、セリア・トラは4歳の時にヴァイオリンを買ってもらったが、当時のコンセプシオン・デル・ウルグアイにヴァイオリンの教師はおらず、父親の自己流で教わっていた。10代で州都パラナに移り住み、18歳の時に首都に出てブエノスアイレス音楽院に入学してヴァイオリンを習い、同時にソルフェージュやピアノも勉強した。
1909年、トラは政府の奨学金を得てベルギーに留学した。ブリュッセル王立音楽院でセザール・トムソンらにヴァイオリンを師事し、いくつかの賞を得た。1911年頃にはイェネー・フバイに師事するためにハンガリーに移り住み、1913年には当地で「ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ」という称号を得ている。またハンガリーではコダーイ・ゾルターンに作曲を師事した。1914年に第一次世界大戦が勃発するとトラはフランスのリヨンに移り、赤十字が催す慈善演奏会などで活動した。
第一次世界大戦終結後の1919年にトラはアルゼンチンに帰国。コンセプシオン・デル・ウルグアイの教会の日曜ミサでヴァイオリンを弾き、教会にパイプオルガンを作る費用を募るために、コンセプシオン・デル・ウルグアイとブエノスアイレスを結ぶ汽船の船内で演奏会を催した。エントレ・リオス州政府はトラに再度のヨーロッパ留学の奨学金を与え、彼女は1920年にフランスに留学。パリのスコラ・カントルムで対位法や作曲をヴァンサン・ダンディとポール・ル・フレムに師事する一方、フランス、スイス、ドイツで演奏会を催した。
1921年末に帰国すると、アルゼンチン政府より同国北東部での音楽の普及活動を任命され、音楽教育や合唱指揮などを行った。1930年にアルゼンチン合唱協会を設立し、同協会合唱団の指揮者として活動した。1938年には同協会は女性交響楽団協会と合併し、そこで彼女が催した演奏会は200回以上に達した。
1949年11月、アルゼンチンの作曲家達が自作の管弦楽曲を自ら指揮する演奏会が、ブエノスアイレスのコロン劇場で催された。トラはコロン劇場の指揮台に立つ初めての女性となり、自作の管弦楽曲《インカ組曲 Suite Incaica》を指揮した。1952年、家電製品・医療関連機器メーカーであるフィリップスのアルゼンチン工場の混声合唱団の指揮者となり、晩年まで続けた。
1962年12月16日、トラは78歳でブエノスアイレスで亡くなった。1992年にトラの生地コンセプシオン・デル・ウルグアイにある市立高等音楽学校は、エントレ・リオス自治大学コンセプシオン・デル・ウルグアイ校舎セリア・トラ音楽学校に改名された。
トラの作品を以下に記します。管弦楽曲では《エントレ・リオス狂詩曲 Rapsodia entrerriana》(1931) と《インカ組曲》(初演時の曲名は《管弦楽のための組曲 Suite para orquesta》)(1937) の2曲を作っている。前者はアルゼンチン管弦楽教授協会より賞を授与されている。また後者はインカ帝国の元である14世紀クスコ王国の王インカ・ロカの時代を描いた組曲で、〈丸木舟に乗って En piragua〉、〈求愛 Cortejo〉、〈先住民の祭り Fiesta indígena〉の3曲から成る。トラはヴァイオリニストであったが作曲したヴァイオリン曲はわずかで、《悲歌 Elegía》(1951) と《インカ組曲》の第1曲〈丸木舟に乗って〉をヴァイオリンとピアノに編曲した版のみである。 歌曲は《Vida Vidita》(1930)、《荷車引きの民謡 Cantar de arriero》(1930)、《宿命のミロンガ Milonga del destino》などを作曲した。またいくつかの合唱曲や愛国歌、校歌も作曲した。
トラのピアノ曲は、ともかくピアノソナタが代表作である。精緻な構成、溢れ出すようなロマンティシズム、ヴァイオリンが専門とは思えないピアニスティックな書法など、聴きごたえ十分の作品です。
Celia Torráのピアノ曲リスト
1904?
- Dulce esperanza, Valse Tzigane 甘き希望、ツィガーヌ・ワルツ
1933
- Sonata para piano ピアノソナタ
トラのピアノ曲の代表作で、全3楽章で演奏時間は約30分に及ぶ大作である。以下に記した曲の構成は大雑把なもので、実際には多数のモチーフがいろいろな場面で形を変えつつ、そして楽章を跨いで現れるいわゆる循環形式であり、この曲の楽曲分析(アナリーゼ)を書いたらかなり複雑なものになろう。それと同時に曲の楽想が何とも豊かで、第1楽章の神秘的な響きと抒情的・情熱的な響き、第2楽章の哀愁を帯びた民謡のような調べとその変奏・発展、第3楽章の快活で華やかな響きのそれぞれが各楽章間のコントラストを形成していて、上述の構成の精緻な一体感と相俟って、大ソナタと呼ぶのが相応しい傑作である。なお各楽章の下記の速度標語は手稿譜のインク書きおよび(カッコ書きは)鉛筆での訂正である。
- Grave - Allegretto (Andantino - Moderato)
第1楽章はイ短調、ソナタ形式。ユニゾンの短い前奏に続き、右手に第1主題が奏される。第1主題の初め10小節は旋律はペンタトニックで、アルゼンチン北西部を含むアンデス地方の民族音楽(特にケーナの響きかな)を思わせる。伴奏和音はAm7が持続するが、その後急に旋律は急き立てるように情熱的に、また伴奏は属七和音のアルペジオで頻繁な転調となり、モノクロからカラーに変わるような色彩的な響きである。第2主題は3つの要素から成っていて、ホ長調で落ち着いた旋律と戯れるような3連符のモチーフが交互に奏され、次に第1主題後半部に似た情熱的な旋律が現れる。展開部は曲冒頭の前奏モチーフに続いて、3連符のモチーフに情熱的な旋律が絡み、第2主題最初の落ち着いた旋律が時々挟まれる。再現部は第1主題およびイ長調で始まる第2主題が奏され、スタッカートの両手オクターブ和音交互連打の短いコーダで終わる。- Adagio
第2楽章はニ短調、A-B-A'-C-A"-D形式(Aの後半がそれぞれ異なる変奏曲形式とも取れる)。Aの冒頭の右手単音の寂しげな旋律はトラが1930年に作曲した歌曲《荷車引きの民謡 Cantar de arriero》の旋律を用いているが、第1楽章第2主題の最初の落ち着いた旋律とリズムが似ている。BはAの旋律を展開したような感じである。A'は冒頭の旋律が分散オクターブで情熱的に変奏される。Cはポルカ風の軽快な旋律(第3楽章冒頭の前奏に似ている)が変ロ長調で現れるが、やがて減七の和音も混じって混沌とした雰囲気になる。A"では旋律は左手中音部で奏され、沈み込んでいくようなDが奏されて終わる。- Rondó Allegro (Rondó Allegretto)
第3楽章はイ長調、A-B-C-C'-A'-D-D'-B'-A"-B"-C"-C"'-コーダの形式。冒頭Aは第2楽章Cで現れたポルカ風の軽快な旋律で始まる。Bはニ長調で始まる軽快な舞曲風、Cは嬰ヘ長調で始まる水の流れのような穏やかな旋律がペンタトニックで奏され、DはAにリズムは似ているがテンポを落として落ち着いた感じ、といくつもの主題が次々と現れる。終盤のA"、B"、C"'はいずれも主調のイ長調であり、ソナターロンド形式とする文献もある。1944
- Siete pequeñas piezas para piano a cuatro manos 連弾のための7つの小品集
子どものために作曲されたピアノ曲集で、1〜4番はアルゼンチンの子どもが歌う童歌を用いている。旋律や和音は親しみやすく、技巧的にも初心者向けに易しく書かれており、各手の音程は七度までとなっている。第1、3、5、6、7番にはカスタネット、トライアングル、鈴、タンバリンのいくつかが用いられていて、演奏にはピアノ2名に加え、打楽器担当が最低2名が必要である。
- Sobre el puente de Aviñón アヴィニョンの橋の上で
この曲で用いられている童歌〈アヴィニョンの橋の上で〉は我々がよく知っている旋律ではなく、アルゼンチンで歌われている別バージョンの旋律で、アルゼンチンの作曲家フアン・ホセ・カストロはトラに先んじること1928年にピアノ曲《子どもの組曲 Suite infantil》の第3曲でこの童謡を用いており、また後の1947年にはアルベルト・ヒナステラはピアノ曲《アルゼンチンの童歌の主題によるロンド、作品19 Rondó sobre temas infantiles argentinos, Op. 19》の中で用いている。へ長調。プリモも右手が元気な主旋律を奏で、プリモの左手、セコンドの右手がそれぞれ対旋律を奏でるポリフォニックな作りである。曲の途中でカスタネットによるリズムが加わる。- Arroz con leche アロス・コン・レチェ
「アロス・コン・レチェ」は直訳すると「牛乳入りのお米」で、スペインが起源だが現在では中南米で広く食べられているライスプリンのようなデザートのこと。童歌〈アロス・コン・レチェ〉はスペイン語圏で広く歌われていて、トラ以外にも、フアン・ホセ・カストロがピアノ曲《子どもの組曲》の第4曲で、またヒナステラは1934年作曲のピアノ曲《子どもの小品集 Piezas infantiles》の第8曲で用いている。ニ長調。プリモが両手で重音の旋律を奏で、セコンドが対旋律を奏でる。- Arrorró 子守歌
ハ長調、静かな旋律がプリモのユニゾンで奏され、セコンドは対旋律とベースを奏でる。途中からトライアングルの音が加わる。- La torre, en guardia... 塔、警戒せよ・・・
童歌〈塔、警戒せよ・・・〉は、グアスタビーノも1952年作曲のピアノ曲《アルゼンチンの童歌の旋律による10の前奏曲集 Diez preludios, sobre melodías populares infantiles argentinas》の第9曲〈塔 La torre〉で用いている。8小節を繰り返すだけの短い曲で、勇ましい旋律が奏される。- La hora del té お茶の時間
ハ長調。ロンドンのビッグ・ベン(ウェストミンスター宮殿の時計台)の鐘の音に似た旋律が奏される。曲の最後にトライアングルの音と共に完全五度の堆積和音が5回鳴る(アルゼンチンのお茶の時間は午後5時なのかな)。- El cochecito おもちゃの車
ト長調。セコンドの無窮動の音と、カスタネットと鈴の8分音符連続が鳴り続く中、プリモにペンタトニックの旋律がユニゾンで奏される(楽譜にはト長調の調号のファ♯が記されているが、曲中にファ♯は全く現れない)。- Canción de Navidad クリスマスソング
ト長調、A-B-A'-B-A"形式。セコンドが揺かごを思わせる6/8拍子の伴奏を奏でる上で、穏やかで幸せそうな旋律がプリモのユニゾンで奏される。Bはホ短調になる。Aではカスタネットが、A'ではカスタネットとタンバリンが、A"ではカスタネットとタンバリン、トライアングルがリズムを奏でる。1948
- Tres pequeñas piezas 3つの小品集
- La calesita 回転木馬
- La abeja ミツバチ
- Barcalora 舟歌
1958?
- Vidalita para piano a seis manos 6手のためのビダリータ
ビダリータとはアルゼンチンの民謡形式のひとつ「ビダーラ Vidala」の示少辞である。ビダーラにはいくつかの種類があり、19世紀後半には歌われていたようだが、中でもアルベルト・ウィリアムスが1909年に作曲(厳密には採譜・編曲)した《インカの歌曲集、作品45 Canciones incaicas (初版ではCanciones incásicasと綴った)》の第3曲〈ビダリータ Vidalita〉で用いられた旋律はビダリータの代表曲として有名である。また他にもフリアン・アギーレが1915年頃に作曲した《アルゼンチンの歌第2巻、5つのカンシオネス、作品36 Aires nacionales argentinos, 2º Cuaderno, 5 canciones》の第5曲〈ビダリータ Vidalita〉にも同じ旋律が聴かれる。トラのこの曲も上述の旋律で作られていてイ短調、A-A'形式。2人連弾でも十分演奏可能であるが、3人6手に振り分けたのは子どもやピアノ初心者でも演奏できるようにと意図したのであろう。Aはプリモが主旋律を、セコンドが主旋律の三度下または対旋律を、テルソは伴奏を弾く。A'ではセコンドとテルソがいっとき主旋律を受け持つ。- Villancico para piano a cuatro manos 連弾のためのクリスマス・キャロル
Celia Torráのピアノ曲楽譜
Editorial del Departamento de Artes Musicales de la Universidad Nacional de las Artes (EDAMus)
- Sonata para piano en La (libro electrónico)
Ricordi Americana
- 7 pequeñas piezas para piano a cuatro manos
- Tres pequeñas piezas
- Vidalita para piano a seis manos
- Villancico para piano a cuatro manos
Ediciones L. Rivarola
- Dulce esperanza, Valse Tzigane
斜字は絶版の楽譜
Celia Torráのピアノ曲CD
星の数は、は是非お薦めのCD、は興味を持たれた人にはお薦めのCD、はどうしてもという人にお薦めのCDです。
Panorama de la Música Argentina, Compositores nacidos entre 1884-1889
Cosentino, IRCO 300
- El gaucho con botas nuevas, humorada sinfónica (Gilardo Gilardi)
- La tabaquerita, canción (Raúl Hugo Espoile)
- Sonata, en la menor, para piano, 1er. movimiento (Celia Torrá) - Olga Galperín (pf)
- Obertura, en do menor, para orquesta (Celestino Piaggio)
- La primavera viene, melodía (José Gil)
- Sonata, para violín y piano, Op. 28 (Floro Ugarte)
- Canción de la Ñusta (Alfredo Luis Schiuma)
- Sonata, en do sostenido menor, para piano (José Torre Bertucci)
- Copla, para canto y piano (Ana Carrique)
- Idilio, para canto y piano (Ana Carrique)
- Cinco bocetos líricos, para Piano (José de Nito)
Dos siglos de música: Compositoras Argentinas
Virtuoso Records
- Ayer del Buen Ayre (Irma Urteaga)
- I. Entonces
- II. Milonga
- III. Tango
- Estampas, serie breve (Magda García Robson)
- I. Puneña
- II. Pampeana
- III. Sureña
- IV. Andina
- V. Porteña
- VI. Serrana
- Preludio Pampeano (Ana Carrique)
- Sonata (Celia Torrá)
- I. Andantino-Moderato
- II: Adagio
- III: Rondó Allegreto
Melina Marcos (pf)
2022年のリリース。セリア・トラのピアノソナタのこの録音は平板で安全運転な感じ。この曲の持つ苦しいまでの情熱が伝わって来ない。和音の音の抜けが多いのも気になる。
Celia Torráに関する参考文献
- Marcela Méndez. Celia Torrá, Ensayo sobre su vida, su obra y su tiempo. Delta Impresora (2a. edición) 2010.